TAINS/G 移行体験記 ---生命科学研究科(片平南)編---

大学院生命科学研究科 脳情報処理分野 筧慎治

1 OutofTAINS

 ネットワークが使えず,ダイヤルアップ(ADSLの誤植ではありません)で我慢しなければならない…しかも最悪で半年間…という状況にあなたは耐えられますか?言うまでもないことですが,大学の研究室にとってネットワークは今や空気,電気水道と同様に不可欠なものです。以下は私たちの研究分野がこのどん底状態から今年4月にTAINS/G に移行するまでのドキュメントです。

 私たち大学院生命科学研究科・脳情報処理部門(飯島敏夫教授)は,昨年平成13年4月の生命科学研究科の発足とともに新しく誕生しました。当初は青葉山の理学研究科合同研究棟のわずか2スパンの仮住まいでした。もちろん,このスペースでは実験環境を確保することはできず,本当の意味での研究室の立ち上げとはいえませんでした。昨年8月に片平地区の旧情報科学研究科棟の改装がほぼ完了し,待望の研究環境を立ち上げるべく移転しました。ところがこれは,大きな問題を抱えての船出でした。ネットワークが無かったのです。冒頭の状況が始まりました。青葉山ではIPアドレスがたった5つしか使えない窮屈さを除けばネットワーク環境は良好で,狭いながらも楽しい我が家でしたから,正直これには参りました。東北大学にいながらSuperTAINS の蚊帳の外,名づけてOutofTAINS 環境におかれたというわけです。

2 ナイナイづくし

 ネットワークが無いとっても,そこは数年前まで情報科学研究科があった建物ですからカテゴリー5のUTPケーブルが各部屋に張り巡らされていました。FDDIループというSuperTAINS への入り口に接続するためのコンセントレータとスイッチングハブも情報科学研究科当時のものが残されていました(図1)。しかし最も重要なものが二つ欠けていました。建物全体のネットワークをFDDIループに接続するためのルータ,IPアドレス,の二つでした。「その程度のことをいかにも大げさに…」と思われるかもしれません。確かに「ルータ」はADSLの普及で今や家庭にさえ普及し始めており,もちろんピンきりですが,安いものなら2万円以下でも購入できます。私たちが必要な数十台以上のコンピュータをルーティングできるレベルでも程々の値段でしょう。IPアドレスはもっと簡単なはずで,建物のネットワーク管理者に申請すれば(欲しい数だけとはいかなくても),うまくいけば今日中に割り当ててもらえるでしょう。私も初めはそう思いました。しかし,コストの制約から「既存の設備(FDDIループ)を使う」という条件がついて「現在市販のルータ」という選択肢がなくなりました。さらに,空き家に移ったので,そもそもネットワーク管理者がいません。IPアドレスについて頼む相手が存在しません。文字通り知識も経験も欠けた自分しかいませんでした。ここでそれぞれの問題点について整理しておきたいと思います。まずルータですが,SuperTAINS に接続できるというのがもっとも重要な用件です。SuperTAINS では,FDDIループと呼ばれ,最近のネットワーク技術の劇的な変化に伴い少数派になりつつあるネットワーク構造をとっていました。これはその辺のPC用のルータでは対応できません。結論を言えば,特定のネットワークカード(TPDDIボード)とそれに対応したサンマイクロシステムズの特定のワークステーションがペアで必要でした。ところがこのカードが曲者で,FDDIの退潮に伴い,ほとんどのメーカーがサポートを打ち切っていて,数年前なら容易に入手できたはずが今では極度の品薄状態です。幸いなことにこの「超レアもの」問題は,私たちが片平に移る以前から認識しており,少なくとも2ヶ月以上前から八方手を尽くして探していたのですが,それにもかかわらず見通しは全くついていませんでした。ただし,この問題にはデフォールトの解決策がありました。基幹のネットワークがSuperTAINS からTAINS/G にグレードアップされるのに伴い,TAINS/G に接続する機器を新規に購入すればネットワークに接続できるのです。その場合の問題は新規に機器を購入する予算措置のみであり,建物全体で約300万円程度と見積もられていました。金額的にも分担すれば何とか手の届く範囲です。つまり最悪で半年程度待てばネットワークに接続するハードウェアの問題は消滅します。もちろんこのデフォールトは冒頭の「6ヶ月間ネットワーク無し」を意味し,決して「解決」ではありません。次に二番目のIPアドレスの問題ですが,驚いたことに,こちらも深刻な状況でした。現在東北大学全体に割り当てられているIPアドレス(130.34.で始まる大きなブロック)は,ほとんど既存の部局に割り当てられていて,空いているブロックはあまり無いことがすぐに判明しました。まさか世間で言うところの「IPアドレスの枯渇」をここで体験するなどとは思っても見ませんでした。

3 空きブロックもワークステーションも!

 幸いなことに,深刻と思っていたIPアドレスの問題が先に解決しました。これは情報シナジーセンター・ネットワーク掛のご尽力のおかげでした。最初に電話で相談したときにほとんどのブロックが割り当て済みで空きが無いことがわかったのですが,おそらく私の悲鳴に似た落胆の声を哀れに思ってくださったのでしょう,割り当て済みでも未使用のブロックをしらみつぶしに探してくださったのです。ありました。それも意外にも近くに。同じ片平地区の旧遺生研(現・生命科学研究科)のBANSUI(素敵なネーミングです)というドメインに割り当てられた2ブロックのうち1つが幸運にも未使用であることがわかったのです。後は旧遺生研のSuperTAINS 担当の方との交渉次第です。こちらのご担当者も当初から私たちのネットワークの状況をよく理解してくださり,終始好意的にブロックの貸与を図って遺生研内部の意見をまとめてくださいました。そのおかげであっけないほどにIPアドレスのブロックを割り当てていただくことができました。この方々のお力添えが無ければ最良のシナリオでもわずかなIPアドレスに数十台のコンピュータがひしめき合うことになったでしょう。この場をお借りして改めて感謝申し上げたいと思います。さらに,良いことも時には続くことがあるらしく,ほとんど同じころにネットワークカードが「発見」されました。これも当研究分野のネットワーク整備を気にかけておられた,大学院情報科学研究科の先生のご好意によるものでした。こうして皆様のご好意により,ようやくネットワークを接続する準備が整ったのでした。

4 SuperTAINS への接続

 こうして平成13年11月に多くの方々のお力添えを得て,SuperTAINS に接続することができました(図1)。Internet Explorerを起動して東北大学のホームページが瞬間的に自分のコンピュータに表示されたときの感動は今でも忘れられません。この接続の特徴は「既存の設備を最大限に使って最小のコストでとにかくネットワーク環境を構築する」というものでした。更に,その位置づけは翌年4月のTAINS/G 移行までの過渡的なものでした。というのも,先に触れたTPDDIボードがすでにメーカーのサポートを打ち切られ,故障しても交換用の物品を調達できないからです。実際,TPDDIボードではなかったのですが,運用を開始してから1ヶ月でワークステーションルータのハードディスクが逝ってしまい,その影響の大きさと怖さを思い知らされました。このときは代替のハードディスクがすぐに見つかり,わずか1日のダウンで済みましたが,これは 僥倖 ぎょうこう と言うべきでした。この問題は決して私たちだけの特殊な問題ではないことを強調しておきたいと思います。FDDIループを介するSuperTAINS への接続はこれまで東北大学の標準でしたから,TAINSG に移行していない部局のネットワークは全く同じ 脆弱 ぜいじゃく 性を抱えているからです。



図1: 初期ネットワーク(3月まで) 図2: 現行のネットワーク

5 TAINS/G への移行

 平成13年末に基幹のネットワークがSuperTAINS からTAINS/G にグレードアップされたのを受けて,私たちのネットワークもこの4月からTAINS/G に移行しました。TAINSG の技術的な詳細は,既にTAINS ニュース No.26に述べられていますので,ここでは私たちのネットワークの構成(図2)とその特徴を簡単に述べさせていただきます。その特徴は,ルータとしてのワークステーションに代えてギガビットに対応した高速のレイヤ3スイッチ(L3-SW)を導入したことです。このレイヤ3スイッチは,我々のような1部局の数分の一程度の比較的小規模なネットワークに十分な数のポート数を備え,今までワークステーション上のソフトウェアで行っていたルーティングを,TCP/IPプロトコルに機能限定することによりハードウェアで行えるようにしたものです。価格的には同じギガビット対応のルータに比べて非常に安価なうえ,ディスクレスでハードディスクを使用しないため信頼性が増しています。一方で,ルータほど複雑なルーティング機能を持ち合わせていないので,AppleTalkサブネットを接続する際のcaymanトンネルなどは一部の高価なもの以外は使えません。このため,AppleTalkサブネットを接続する場合は別途caymanトンネル機能を有したルータを用意する必要があります。今回はSuperTAINS への接続の際に使用していたワークステーションルータをUARに転用することで,部内からの要望に応えていくつもりです。なお,現状ではレイヤ3スイッチからTAINS/G へは100Mbpsで接続されており,ギガビットより遅いのですが,現状の情報トラフィックから見て十分なスピードです。また,将来ここがボトルネックになり増速が必要になった場合にはGBICを1枚追加するだけでギガビットに即応できる拡張性を持った機器を選定してあり,ギガビットへの対応も容易です。以上をまとめますと,今回のネットワーク構成は十分なポート数を持ったレイヤ3スイッチを導入することにより必要な容量とギガビットの速度に対応しつつコストを最小限にすることができました。

 TAINS/G への移行にかかった費用についてですが,導入したレイヤ3スイッチは1台約120万円で,このスイッチ2台と工事費等で合わせて約300万円といったところです。なお,もし部局のインハウスルータに既に 1000BASE-LX や 100BASE-TX のポートがあれば,新たに機器を購入することなく TAINS/G へ移行できるはずです。また,新規にインハウスルータを購入し TAINS/G へ接続するとしても,クライアントが数十台であれば,50万円程度のレイヤ3スイッチで十分であると思います。

6 TAINS/G の感触

 さて,TAINS/G の使用感はどうでしょうか?これについては学内と学外で分かれます。まず学内通信については高速化を実感しています。特にファイル転送はその効果が著しいと感じます。おそらく最大の恩恵に浴しているのはスーパーコンピュータにアクセスして大量のデータを処理するパワーユーザーの方々(残念ながら私は含まれないのですが)でしょう。一方,学外のインターネット接続についてはあまり改善した感じはありません。これは何も不思議なことではなく,ボトルネックが学外にあるというだけのことです。既に論文を数百キロバイト程度のPDFファイルでやり取りすることは当たり前になり,今後はより大きな映像系のデータをネットワークで送受信することが増加していくと予想されますが,学内学外のバランスの取れたネットワーク環境の整備が,国レベルの研究のためのインフラとして益々重要になっていくのでしょう。