SuperTAINS を利用したATM LAN

情報科学研究科 小林広明
koba@archi.is.tohoku.ac.jp

1 はじめに

 1995年2月に第1期工事,1996年3月に第2期工事が完了した SuperTAINS は, という設計思想で構築され, 「末端ユーザにも ATM」という野心的な試みでした。 現在,ATM 接続機器も様々なメーカから提供されています。 本稿では,SuperTAINS を使った ATM LAN の構成法を簡単に説明します。

2 ATMとは

 SuperTAINS では, ATM (Asynchronous Transfer Mode) という最新の技術を用いて, 世界でも類を見ない最先端の大規模超高速キャンパスネットワークを実現しています (SuperTAINS News No.1「SuperTAINS のハードウェア構成」参照)。 ATM は非同期転送モードという意味で, ちょっと乱暴ないい方をすれば, 音声, 画像, 文字などのデータをみじん切りにし, それらを時間に関係なくどんどん 送れる通信法と言うことができます。 FDDI や通常の Ethernet では接続される端末同士で媒体を共有しているのに対し, ATM はスイッチで直接端末間を結ぶために, 媒体を占有することができます。 従って, FDDI や Ethernet では端末の増加に反比例して通信が遅くなるのに対して, ATM などのスイッチングネットワークでは接続台数を増やしても通信速度の低下は 生じません (通信先が競合している場合を除く)。 SuperTAINS では, 分散するキャンパス間を 622Mbps (一部 311Mbps) で接続し, 各建物には 156Mbps の通信速度の接続口を少なくとも1つ提供しています。

3 SuperTAINS へのATM機器の接続形態

 ワークステーションなどの機器を ATM 接続するためには, これらの機器に ATM インタフェースが装備されていなければなりません。 もちろん, ATM インタフェースが標準装備でなくとも, ほとんどのワークステーションや PC には, あとから ATM インタフェースを付けることができます。 ワークステーションや PC の ATM ネットワークインタフェースの価格は20万円程度です。
 前述しましたように ATM は一対一の接続形態をとるために, SuperTAINS で提供されている建物の接続口には1台の ATM 機器をつなぐことができます。 また, 建物内で複数のATM機器を接続したい場合には, それらを接続する ATM スイッチ (ハブ) を用意してそれに機器を接続するとともに, そのスイッチを SuperTAINS の ATM 接続口につなぐことになります。 SuperTAINS で提供される ATM の接続口はマルチモード光ファイバ用ですが, UTP カテゴリ 5 ケーブルを接続できるスイッチやネットワークインタフェースも あります。 これを使えば, 建物内配線コストを安くすることができます。
 SuperTAINS へのネットワーク機器の接続については, SuperTAINS News No.1 「SuperTAINS を利用するには」に詳しい説明がありますので, そちらも参照して下さい。

4 ATM LANの実現方法

 もちろん, ATM 機器を物理的に SuperTAINS に接続しただけでは LAN として機能しません。 ATM LAN を実現するためには, 様々な設定が必要になります。 ATM LAN では, 端末間でやりとりされるデータは53バイトの「セル」に分割され, ネットワーク上を流れていきます。 セルには5バイトのヘッダがあり, その中に相手先を特定するための情報が含まれます。 端末間にはセルが流れる仮想的な経路 (パスと呼びます) が張られ, 端末間を中継するスイッチはセルのヘッダ情報を基に適切なパスを選択し, セルを目的地まで運びます (ルーティングする)。 このパスの張り方には, 静的に固定的な経路を張る PVC (Permanent Virtual Circuit) と動的に必要に応じて経路を張る SVC (Switched Virtual Circuit) という方式があります。 PVC は, 通信する可能性がある端末間のパスを人が前もって設定しなければならないために, 接続端末数が多くなると非常にめんどうになりますが, 異なるメーカのスイッチ同士の相互接続性に優れているために, PVC を使わざるを得ない場合があります。 SVC ではスイッチ同士が情報をやりとりして必要なパスを張るので, 非常に管理が楽になります。 SVC の規格としては UNI3.0, または UNI3.1 という標準が ATM フォーラムという業界団体からでており, その規格を満足した製品であれば相互接続性に問題がないはずですが, 希に, 異なるメーカの製品の相互接続に失敗することがあります。 私が SuperTAINS で試した製品では, と以下のネットワークインタフェースカード (NIC) の相互接続性は OK でした。 ただし, FORE Systems のスイッチは現在 UNI3.0 しかサポートしていないために, SuperTAINS の ATM スイッチに ATM 機器を SVC 接続する場合には, UNI3.0 を利用する必要があります。 また FORE Systems の製品では, 独自の SVC 規格である SPANS を使うこともできます。
 次に ATM の上にどのように IP の世界を実現するかについて説明します。 ATM ネットワーク上での TCP/IP プロトコルの実現形態としては 以下の2つが標準化されています。 CLIP は ATM ネットワーク上に直接 TCP/IP プロトコルを実装したもので, RFC-1577 という規格で定められています。 Ethernet LAN では MAC アドレスを使って相手との通信を行いますが, CLIP での ATM LAN では, MAC アドレスの代わりに ATM アドレスが用いられます。 そして, Ethernet LAN で IP アドレスから MAC アドレスへの変換が必要であると同様に, CLIP では IP アドレスから ATM アドレスへの変換が必要になります。 Ethernet では, 相手端末の MAC アドレスの取得を, ARP 要求をネットワーク全体にブロードキャストして相手からの応答を待つ形で行います。 これに対し, CLIP ではブロードキャストをサポートしていないために, IP アドレスと ATM アドレスの変換テーブルを管理する ARP サーバを CLIP の ATM ネットワーク毎に1つ用意し, そのサーバに問い合わせることで 相手の ATM アドレスを取得します。 CLIP の ATM ネットワークには 1 つの独立なサブネットを 割当てる必要がありますので, 他のネットワークとは CLIP をサポートする ルータを介して接続されます。 また, ATM LAN は共有媒体ではないので, ARP サーバと通信できれば, 物理的に離れた端末も同一のサブネットに収容することができます。
 もう1つの LAN エミュレーション (LANE) は, 文字どおり Ethernet, FDDI, Token Ring などのこれまでの LAN を ATM ネットワーク上で実現 (Emulation) する 方法です。 LAN エミュレーションにより構成される LAN のことを ELAN (Emulated LAN) と呼びます。 ここでは代表的な Ethernet の ELAN について説明します。 ELAN は, LAN エミュレーションクライアント (LEC), LAN エミュレーションサーバ (LES), ブロードキャストサーバ (BUS), LAN エミュレーションコンフィグレーションサーバ (LECS) から構成されます。 LEC は ELAN に接続される一般の端末装置を意味します。 LECS は ELAN の管理を行うサーバです。 LEC は LECS にまず接続し, 自分が所属する ELAN の情報 (例えば, LES や BUS のアドレス) を得ます。 LES は ELAN 毎に存在し, MAC アドレスから ATM アドレスへの変換情報を LEC に提供します。 BUS はブロードキャスト, マルチキャスト, あるいは相手の MAC アドレスが不明なユニキャスト (Ethernet での ARP 要求に相当) を処理します。 ELAN はブロードキャストやユニキャストなどを含む Ethernet LAN をエミュレートするので, ATM LAN と Ethernet LAN を結ぶブリッジが ELAN をサポートしていれば, ATM や Ethernet などの通信媒体の違いを気にすることなく1つの LAN を作ることができます。 また, CLIP と同様に, サーバに接続できれば離れた端末同士を同一の サブネットワークに収容することができます。 一方, 欠点としては, ELAN は CLIP より通信のオーバヘッドが大きくなります。 また, ELAN はまだ規格 (ATMForum LAN Emulation Over ATM Version1.0) ができたばかりで, 異なるメーカ同士の機器の相互接続性に問題があるとの報告もあります。 ELAN を構成する場合には, 同じメーカのスイッチと NIC を使った方がよいでしょう。
 CLIP や ELAN の他に, FORE Systems 独自の方式として SPANS 上の FORE IP というものがあります。 これは, CLIP と同様に TCP/IP プロトコルを直接 ATM ネットワーク上に実装したもので, ブロードキャストやマルチキャストもサポートし, 設定も非常に簡単になっています。 FORE Systems のスイッチと NIC だけで ATM LAN を作る場合には, この方式を選択するのが良いと思います。

5 おわりに

 簡単に ATM を用いた LAN の構成法を説明しました。 2台のワークステーションをスイッチ型 Ethernet (EtherSwitch), FDDI, ATM を介して接続し, 150MB 程度のファイルを ftp させたところ, 以下のような結果が得られました。
┌───────────┬────┬────┐
|    媒 体    |実効速度|効率 (%)|
├───────────┼────┼────┤
|EtherSwitch(Cisco2800)| 5.5Mbps|  55  |
|FDDI         |30.1Mbps|  30  |
|ATM(CLIP)       |50.4Mbps|  33  |
└───────────┴────┴────┘
 同軸ケーブルなどによる共有型の Ethernet では, 性能が接続台数に大いに依存するために実験しなかったのですが, 共有型ではつながる台数に反比例して遅くなる (*1) ことを考えると, ATM は非常に速いことがわかります。 しかしながら, その実行速度は ATM の最大通信速度 (156Mbps) の 1/3 程度であり, ATM の性能を十分に引き出しているとはいえません。 この理由としては, ディスクや CPU の性能に関する要因に加えて, TCP/IP プロトコルが 10Mbps の Ethernet を対象に実装されており, ATM などの高速ネットワークを想定したものでないことがあげられます。 ATM 機器や ATM LAN 構成方式はまだ発展段階にあり, 今後, ATM の能力を最大限に引き出すような接続方式の改良や新たな提案がでてくると 思われます。本稿が ATM LAN 導入の助けになれば幸いです。

[注釈]
*1 10Mbps の共有型 Ethernet での実効速度は 2〜3Mbps との報告があります。


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