超高速マルチメディア分散処理の実験を終えて

東北大学大型計算機センター 曽根 秀昭
sone@cc.tohoku.ac.jp
東北大学大学院情報科学研究科 黒宮 教之
kuro@nemoto.ecei.tohoku.ac.jp
東北大学大学院情報科学研究科 (*1) 藤井 章博
fujii@nemoto.ecei.tohoku.ac.jp
東北大学大学院情報科学研究科 根元 義章
nemoto@nemoto.ecei.tohoku.ac.jp

1 はじめに

 近年のコンピュータネットワークの分野では,SuperTAINSのような 超高速ネットワークによるマルチメディア化と, インターネットに代表されるグローバル化が急速に進行しています。 新しい時代のネットワーク応用を創造し開発するために, NTTマルチメディア通信共同利用実験が, 平成6年度から3年間にわたって実施されました。 これは,全国規模の広帯域バックボーンネットワーク (*2) をNTTが提供し,全国の様々な実験参加機関がそれぞれ独自の利用実験のための ユーザ機器とアプリケーションを開発して,実際の運用を通して評価を行うものです。
 東北大学からも多くの研究グループが参加しましたが,大型計算機センターでは 「超高速マルチメディア分散処理」の研究プロジェクトを実施しました。 このプロジェクトの特徴は,研究グループが各大学の大型計算機センターなどの 研究者で構成されていることです。 このことは,次に述べるように, 大型計算機センターを取り巻く状況に密接に関係しています。

2 大型計算機センターとマルチメディア分散処理

 全国7つの国立大学には全国共同利用施設として大型計算機センターが 設置されています。 現在の大型計算機センターでは,スーパーコンピュータのサービスが 最重要項目になってきました。 これは,物理学,気象,画像処理などの分野で大規模な科学技術計算が 行われるようになり,これらの計算機需要がスーパーコンピュータへ 集中してきたことによります。
 スーパーコンピュータを利用する際に, 膨大な数字の羅列でシミュレーション結果等を表示するのではなく, ワークステーションを利用して動きを目に見えるように可視化する機能(ポスト処理) の需要が高まっています。 特に画像処理や音声処理などの分野では, このようなマルチメディア分散処理が欠かせない機能となっています。 また,スーパーコンピュータでの処理に先立って前処理を行なう場合にも, ワークステーションを利用することが多くなっています。 すなわち,ワークステーションをプリ/ポストプロセッサとして利用することによって, スーパーコンピュータを効果的に利用できるようになっています。 この場合にスーパーコンピュータとワークステーションの間では膨大な計算結果が 転送され,それを計算処理の進行に応じて,あるいはアニメーション(動画) やオーディオの再生に合わせて伝送できるような,通信容量が大きい, 広帯域のネットワークが必要とされます。
 一方,小さな計算をユーザのワークステーション等で処理するケースでも, その過程で使う高価なソフトウェアや特殊な入出力機器を大型計算機センターが 準備し,これを共同利用に供する形態が多くなっています。この場合には利用者の 研究室からネットワークを経由して利用することになり, 多様なメディアの入出力をリアルタイムで実行して, 違和感のない利用環境を利用者へ提供するためには, 大量のデータを瞬時に転送できる広帯域のネットワークが必要になります。 すなわち,研究におけるコンピュータの利用にはスーパーコンピュータによる 大規模計算とワークステーション等のパーソナルな処理の二つのカテゴリーが ありますが,いずれにおいても, 今後の大型計算機センターのサービス提供を考えるときに, 超高速のネットワークは必須の基盤要素です。

3 マルチメディア分散処理とネットワーク

 大型計算機センターを取り巻く状況のもう一つ大きな変化は, インターネットの普及と高速化です。 大型計算機センター間のみをネットワーク接続しているころ, それはセンター間のバッチジョブ転送とTSS機能を提供するためのものでした。 今日では,ほぼすべての大学がインターネットで結ばれ, 研究者は組織の内外を問わず, 自分の研究室から直接に目的のコンピュータシステムに接続し 利用できるようになっています。 極言すれば,同じ部屋で隣の机に載ったシステムを利用するのも, 遠く離れた地のスーパーコンピュータを利用するのも,同じ感覚となります。 すなわち,地理的な遠近に依存せず,利用できるコンピュータシステムの中から 用途にもっとも適したものを選んで利用することが可能になっています。
 インターネットの整備により,手元のワークステーションと遠隔地の スーパーコンピュータの間で分散処理を行うことが可能になってきました。 あるいは,欲しいソフトウェアライブラリやデータベースがあれば, 出張することなく遠くの大型計算機センターで利用することも可能になりました。 大型計算機センター群がまさに共同利用施設として有効に機能できる時代を 迎えていると言えます。
 しかし,いま現在のインターネットでは,スーパーコンピュータを用いて大量の データをやり取りする分散処理を行ったり,画像データベースの大容量データを 閲覧したりするには,通信容量が足りないという問題があります。 そこで,今回の共同利用実験で提供されたような広域(伝送距離が長い) で広帯域(通信容量が大きい)のネットワークが必須になります。 この実験プロジェクトでは,広域広帯域ネットワークを用いて, 遠く離れた大型計算機センターの間でマルチメディア分散処理を実際に実行しました。 この実験により,次の時代の大型計算機センターのサービス提供に必要となる 応用技術を開発し蓄積することを主な目的としました。
 広域広帯域ネットワークを介した分散処理を通信工学の観点から見ると, いくつかの問題が予想されています。 そのなかで最も重要なものは,広域のネットワークにおける遅延時間による 実効通信速度の低下です。 光ファイバを用いる超高速の ATMネットワークであっても, 光ファイバ内の情報伝達速度は光速に及ばないので伝送遅延が生じ, また,途中で中継機器を通過するときに遅延が加わるために, 長距離伝送では遅延時間が大きくなります。 このために,ネットワークへ高速度でデータを送り込んでも, 送り先からの応答を待たされている間に利用効率が低下して, 実効的な通信速度も低下します。 長距離にわたって通信するスーパーコンピュータの超高速処理や マルチメディアデータの大量伝送の場合には,この問題が顕著になります。 この問題について実験的に検証することも,実験の課題としました。

4 実験の概要

 このプロジェクトは,次の実験テーマで構成されました。
  1. スーパーコンピュータによる分散処理
  2. 気象衛星データの解析および可視化
 これらの実験を行うため,図1に示すようなシステム構成をとりました。 東北大,名大,九大,筑波大,奈良先端大のグラフィクス対応ワークステーションや スーパーコンピュータ等を接続しています。 このほかに,マルチメディア通信共同利用実験の On-Line University プロジェクトのネットワークも共同で利用しました。
 実験は,1995年6月より,伝送路の基本特性の評価を開始しました。 1996年3月よりマルチメディア分散処理の基礎実験として, 動画像伝送による実験打ち合わせをはじめとして, 相互にマルチメディア処理を遠隔利用する実験を行いました。


図 1: 実験システムの構成

5 実験の成果

5.1 スーパーコンピュータによる分散処理

 広域広帯域ネットワークを経由して3Dアニメーション等を扱える スーパーコンピュータシステムを利用するモデルを想定し, 実験参加大学の大型計算機センターに設置されているスーパーコンピュータと 利用者のワークステーションを広帯域バックボーンネットワークで接続し, マルチメディアアプリケーションの分散処理および計算結果の遠隔可視化を行う 環境を構成しました。 これを用いて,広域広帯域ネットワークを介する分散処理の場合の伝送方式の 実験を行ないました。 これには,スーパーコンピュータSX-3/44R上でα-FLOW/SX (汎用三次元流体シミュレータ)を用いて計算したシミュレーション結果を, 3Dアニメーションを扱えるスーパーグラフィクスシステムを用いて他大学で 可視化する実験と,SOFTIMAGEというコンピュータグラフィクス作成ソフトを 遠隔利用してリアルタイム利用を検証する実験が含まれます。
 実験により,従来のインターネットでは不可能だったスーパーコンピュータの 遠隔分散処理形態が,広域広帯域ネットワークを用いることで実現可能に なることを確認しました。 実際に利用してみた感想では,ほとんど距離感を感じることなく,計算結果の 可視化操作を行うことができ,快適な利用環境を構築することができました。 とくに,全国規模の広帯域バックボーンネットワークを用いることで 全国どこからでも高速なアクセスができるということは, 全国の研究者が地域によらず用途に適したスーパーコンピュータを利用することが 可能になることを意味しますから,非常に大きな意義があります。

5.2 気象衛星データの解析および可視化

 気象衛星が撮影した地球観測データのデータベースを, 広帯域バックボーンネットワークを介して遠隔利用できる環境を構成して, 高速検索や各種画像処理の実験を行いました。
 東北大学大型計算機センターには地球観測周回衛星NOAAが撮影した地球表面の 画像のデータベース JAIDAS があります。 このデータベースの地球画像データを遠隔地の研究者に向けて高速転送する実験, および,データをスーパーコンピュータで解析した結果を別の大学で可視化する 実験などを行いました。
 JAIDASの画像データは毎日格納されていますが,1件で約100MBと大きいため, 現状のインターネットでは転送に半日近くを要することもあり, 遠隔利用がかなり困難です。 しかし,広帯域バックボーンネットワークを用いることにより, 遠く離れた場所からでもこのデータベースにアクセスして,1枚の画像を数秒で 転送して表示することが可能になり,快適な操作環境が得られることを確かめました。 遠隔地からの可視化検索(高速ブラウジング)の利用という新しい利用形態も 可能になると期待されます。 この実験により,学内外のどこからでも効率的な検索利用法によるアクセスが 可能になることを示すことができたと考えられます。

5.3 長距離の広帯域データ通信

 遠隔地の間で広帯域のネットワークにより大量のデータを伝送する場合に, 通常のTCP技術ではネットワークの広帯域を十分に活用することができなくなります。 また,超高速ネットワークにより高品位のアニメーションを遠隔表示することが 可能になりましたが,広域のネットワークを経由する場合には, 超高速性が伝送遅延の影響を顕在化させるということも起こり得ます。
 伝送遅延の影響を測定するために,東北大内部での折り返し (RTT(往復時間)=1 ms)と「東北大〜名大〜東工大〜名大〜東北大」の折り返し (RTT=46 ms)の経路を設定して使いました。 これらはすべて 155 Mbit/s の帯域のATMリンクで結びました。 実験の結果,例えば,32 MB のデータを伝送するとき,RTT=1 ms の経路では 約42 Mbit/s の実効速度が得られるのに対して,RTT=46 ms の経路では3 Mbit/s にしかなりません。 これはデータをネットワークへ送り出すのに要する時間に比べて, 確認応答の待ち時間が極端に長くなるためです。 この結果をもとに, 広域広帯域ネットワークの利用に適した通信方式を検討しています。

6 おわりに

 マルチメディア通信共同利用実験は97年3月で終了しました。 この実験プロジェクトでは,機器をATMネットワークと接続できるようになるまで 予想外の期間を費やし,評価実験の期間は必ずしも十分ではありませんでした。 しかし,大型計算機センターとそのユーザの将来のために多少なりとも 有益な成果を残し,利用技術の蓄積に寄与できたと考えています。 とくに,広帯域バックボーンネットワークは将来の通信形態を大規模に 拡大していくことができるものであり,これを用いてスーパーコンピュータの 効果的な利用が可能になることを実際に確かめられたことは意義深いと考えています。
 終わりに,当プロジェクトに参加してくださった各大学の関係者,およびNTT 関係各位のご協力に対して御礼の言葉を申し上げたいと存じます。

[注釈]
*1 1997年4月より宮城県立宮城大学事業構想学部
*2 通常のインターネットとは独立したものです。


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