広域ATMネットワーク利用印象記
--- NTTマルチメディア通信実験の経験から ---

加齢医学研究所 佐藤 和則
kns@idac.tohoku.ac.jp
加齢医学研究所 (*1) 小久保 温
acchan@idac.tohoku.ac.jp
加齢医学研究所 川島 隆太
ryuta@idac.tohoku.ac.jp
加齢医学研究所 福田 寛
hiro@idac.tohoku.ac.jp
 われわれのグループは,平成6年度から3年間, NTTが実施したマルチメディア通信実験に参加しました。 京都大学,放射線医学総合研究所,(株)理経,仙台星陵クリニック, そして加齢研を帯域10 MbpsのATMで接続し(図 1),画像転送実験や, TV会議を利用した共同研究システムの構築とその実証実験等を行なったものです。 回線は,加齢研から大型計算機センターまではSuperTAINSのATMを, その先はNTTの広域ATMバックボーンを利用しました。 本稿では,広域ATMネットワークを利用した経験をご紹介します。


図 1: ネットワーク接続図

1 高速なネットワークの必要性

 現在では,X線CTやMRIといった装置を使うことにより, 生きている人間の脳の中身を非侵襲的に可視化することができます(図 2-左)。 また,PETやSPECTと呼ばれる装置によって,脳のどの部分が活動しているかを 3次元画像として表現することが可能となっています(図 3-右)。 われわれは,こういった画像を計算機処理する手法で, ヒトの脳の機能の研究を行なっています。


図 2: 代表的なMRIとPETの画像

 1回の撮影で得られる画像データの大きさは数百 kBから25 MBくらい (装置によって異なる),1つの実験プロジェクトで発生するデータ量は, 処理過程のものも含めると数 GBから,十数 GBにもなります。 ですから,われわれの研究は, 比較的大きなサイズのデータを扱う分野だと言ってよいと思います。 実際,仕事の進め方は, 処理したデータをCD-Rに焼いてはハードディスクの領域を空けて, それから次の解析を進める,といった具合です。  ところで,他の大学等と共同研究を行っていると, お互いに画像をやりとりする必要が生じます。 しかし,画像データは大きすぎて, インターネットで転送するわけには行きません。 もう時効でしょうから告白しますと, インターネット経由でドイツの大学に80 MBほどのデータを 定期的に転送していたことがあります。 しかし,途中で接続が切れて送れなかったり, 送ることができた場合でも4-8時間もかかることが普通で, 実用になりませんでした。
 今回の実験回線は10 Mbpsの帯域で,Ethernet程度の通信速度が期待できます。 計測したところ,京都大学との間で5.8 Mbps程度の実行速度が出ていました。 10 MBのデータ転送に要する時間が10秒台ですから,充分実用的です。 われわれは,今回の実験で仙台市内の病院(仙台星陵クリニック)をATMで結び, そこで撮影した研究用のMR画像を頻繁に加齢研に転送していましたが, 通信環境は非常に快適でした。

2 TV会議は実用になるか

 今回の実験では,TV会議を利用した共同研究システムの試用を行ないました。 このTV会議システムは,ワークステーションの画面上でお互いの表情を見ながら 音声でリアルタイムのコミュニケーションをとります。 さらに,脳画像解析ソフトウエアを離れた2地点間で共有し, 同じ画像データを見ながらディスカッションを行うことができます。
 このようなシステムですが, 正直に言いますと,最初はどのくらい使いものになるのか半信半疑でした。 しかし実際に使ってみると,充分実用になると感じました。 特に画像解析を行なっているグループにとっては有用な手段です。
 京都大学のグループと行った共同研究の様子を以下に再現してみましょう。 朝の9時半,ディスプレイの電源を入れます。 TV会議システムは立ち上げたままになっていますが, 相手側にはまだ誰も来ていないようで,無人の室内が映っています。 しばらく他の端末で仕事をしていると, 「おはようございます」と声がかかりました。 TV会議のワークステーションをのぞくと, 通信の相手方である京大のN君がやってきていました(図 3)。


図 3: TV会議をやっているところの写真

 「昨日の結果の画像を見てみましょう。」 大学院生のN君は,データ処理の具体的なやり方から勉強中です。 TV会議システムを使って画像の解析方法を1ステップずつ教わりながら, データ処理を行なっているのです。 昨日の結果は上々のようです。 「脳血流の画像への変換はうまくいったようですから, 今日は平均画像の作り方をやりましょうか。」
 実はこのN君,マルチメディア実験が始まる半年ほど前に, 加齢研に来たことがあります。 1週間ほど泊り込みでデータ解析をやったのですが, 予定したところまで終らないうちに旅費が尽き,やむなく京都に帰ったのでした。 今回,マルチメディア実験の回線が使えるようになったので, さっそくTV会議システムを立ち上げて,その続きをやっているというわけです。
 プログラムの使い方をひととおり教えたところで,N君には作業を続けてもらって, こちらは別の仕事を始めます。 しばらくすると,N君から「シェルスクリプトにしたんですが,見て下さい」 と声がかかりました。 「よさそうですね。実行してみましょうか。 2時間くらいかかるから,続きは午後かな。」 「今日の午後は別の用事が入っていて…」 「明日は私が1日じゅうだめです。続きは来週の月曜日でいいですか?」 「じゃあ,月曜の10時ころお願いします。」
 この共同研究では,こんな感じで実験データの解析を進め, ディスカッションを行い, 1本の論文を書きあげるところまでTV会議システムを使って行ないました。 こんなに実用になるとは思わなかった,というのが正直な感想です。
 TV会議システムを使った遠隔共同作業には不便な点もあります。 たとえば,マイクとスピーカーを経由した会話はつい声が大きくなりがちで, けっこう疲れます。 システムとしてもそんなに安定ではなく,動作しなくなることも時々ありました。 まだまだ,TVや電器釜のようにスイッチひとつで使えるというものではありません。 しかし,電子メールに比べれば,実際に会って話をする状況にずいぶん近い感覚です。 これを仙台-京都といった遠隔地間で実現できることは,たいへん有用です。

3 近い将来の夢

 NTTのマルチメディア実験は本年3月で終了しましたが,われわれは, 次の段階として,国内の脳研究施設を高速なネットワークで結び, 画像データの共有やTV会議を利用した共同研究体制を整備すべく, 準備を進めています。 その一環として,昨年度より,仙台厚生病院と加齢研のネットワークを 空間光伝送で結ぶ実験を行なっています。 このシステムは,それぞれの屋上に設置されたレーザー送受信機で通信を行ない, 155 MbpsのATM接続を実現するものです。 接続は見通しのよい建物の間に限られますが, 回線使用料がかからないのが大きな利点です。 ゆくゆくは,高速なネットワークを利用して 国外の施設とも共同研究体制を構築することを考えています。 もはや,こういったことが夢ではない時代になりました。
 最後になりましたが,今回のマルチメディア通信実験を企画,実施されたNTT, 実験接続サイトである京都大学,放射線医学総合研究所, (株)理経,仙台星陵クリニック,及び学内でのネットワーク管理と調整にあたられた 総合情報システム運用センターの関係者各位に,感謝申し上げます。 特に,総合情報システム運用センターからは 実験期間を通じて様々なアドバイスやサポートをいただき, われわれのようなネットワークの素人にとってはたいへん心強いかぎりでした。 専門家から協力を得られる環境があることは,東北大学の大きな強みです。 本学が「学内LANの先進国」と全国の大学から羨望されている理由が, SuperTAINSという先進的なネットワークのためだけではないことを あらためて認識した次第です。

[注釈]
*1 4月1日より青森大学工学部情報システム工学科


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