高度情報ネットワークの福祉的利用に関する事例紹介
−WWWを用いた障害者総合情報データベース「泉水(SenSui)」の運営から−
東北大学大学院情報科学研究科 小林 巌
iwan@dais.is.tohoku.ac.jp
東北大学大学院情報科学研究科 宮崎 正俊
miyazaki@dais.is.tohoku.ac.jp
1 はじめに
日本にインターネットの導入が始まった1980年代,既に米国を中心とした
インターネットの世界では,市民の社会生活に役立つためのデータが
蓄積されていました。
その1つの例として,障害者福祉に関するデータを指摘することができるでしょう。
この時期から,既に障害者がコンピュータを利用しやすくするためのソフトを蓄積した
FTPサイトが米国で公開されたり,障害者の日常生活の支援を目的とした
メーリングリストに多くの関係者が参加していました。
当時の日本国内では,このような障害者福祉に関する情報をインターネット上で
提供するための試みはほとんどなされていませんでした。また,世界レベルの
メーリングリストやネットワークニュースにおいて,日本の福祉に関する海外からの
問い合わせを度々目にしていましたが,日本の多くの福祉関係者の目にふれるという
状況には至っていませんでした。
このようなことから,日本においても,障害者福祉に関する情報を
インターネットのような高度情報ネットワークで扱うことは,必ずや社会に
役立つであろうと考えました。そのため,研究の第一歩として,
インターネットにおける障害者情報の状況について調査を行い,その結果を
1992年に報告書としてまとめました [1]。
これは,インターネット上の障害者情報について検討した国内で初めての報告書です。
しかし,単なる調査だけに留まらず,情報の提供を試みる必要があると考え,
1995年1月からWWWを用いて障害者総合情報
データベース(愛称「泉水(SenSui)」(以下,泉水と略))の運営を開始しました [2]。
本稿では,この泉水の3年間の運営について報告いたします。
2 泉水の構成
泉水は,WWWを用いてインターネット上の障害者に関する情報を整理した一種の
データベースで,大学院情報科学研究科宮崎研究室のWWWサーバに蓄積されています
(図 1)。
泉水で公開している情報は,大きく次の3種類に整理されます。
- 1) 宮崎研究室における,情報システムの福祉的利用に関する研究成果
- 研究報告書や点字を紹介するソフトウェア(筆者作製)など。
- 2) 障害者に有用な情報の提供
- ユーザから提供された情報の公開,障害者ユーザがコンピュータを
利用するためのセットアップ方法の説明や各種のソフトウェアなど。
具体例としては,全国の視覚障害者対応現金自動預払機の設置金融機関のリストや,
UNIXの障害者の利用に関する説明などがあります。
- 3) インターネットで提供されている,障害者に有用な情報のホームページの
リスト
- 一般に言われているリンク情報です。
国内,海外ともに約300件ずつ,計約600件の関連ホームページにリンクしています。
「学校・教育機関」,「個人・団体」などのジャンルに整理しており,国内では
都道府県別のリストも作成しています。また,登録フォームを設置しており,
リンク情報は日々追加更新されます。
これらの情報提供の他に,各種の相談や問い合わせにも
電子メールにより対応しています。
泉水は,日本語と英語の2ヶ国語で作成されており,基本的にテキストベースの
シンプルなデザインを心掛けています。
泉水のトップページ
(http://www.dais.is.tohoku.ac.jp/~iwan/handicap_res.html)
3 利用状況
図 2は,泉水を開設した1995年1月から1997年12月までの3年間の
アクセスの推移を示したものです。
グラフで示した数値は,月ごとの1日平均のヒット数を表わしています。
ただし,1996年4月は,サーバの支障によりデータを蓄積できませんでした。
全体の傾向を見ると,前半期はヒット数が増加の傾向にあり,後半期はほとんどの
月が250〜320の範囲にあり安定しています。この傾向は,日本国内からの
アクセス状況を大いに反映していると思われます。初めの半年間は,
国内からのアクセスが少ないですが,それ以後は6割程度を占めています。
アクセスの状況
ドメイン別にヒット数を分析したところ,世界80ヶ国のドメインが確認されています。
アクセスの多い10ヶ国を示したのが表1です。
一番多いのはやはり日本国内のアクセスであり,次に米国ドメインが日本の半数に
近い値を示しています。この2国のドメインのアクセスが桁違いに多いのが
特徴といえます。残りの8ヶ国のうち,欧米諸国が6ヶ国と多く,
それ以外ではオーストラリアや韓国となっています。
表 1: ドメイン別のアクセス(上位10ヶ国)
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国名 |ヒット数┃ 国名 |ヒット数
───────┼────╂──────┼────
日本 | 98714┃ ドイツ | 823
米国 | 36953┃スウェーデン| 761
カナダ | 1786┃ イタリア | 684
英国 | 1390┃ 韓国 | 572
オーストラリア| 1376┃ オランダ | 448
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コンテンツ別の分析では,リンクの利用が過半数を上回っており,WWWの特徴である
ハイパーテキストを生かした活用がなされているようです。その次には研究報告への
アクセスが目立っており,この分野の研究データに対する関心が高いものと思われます。
電子メールによる相談や問い合わせでは,国内外から様々なメールが寄せられます。
最近3ヶ月に対応した相談の内容を表2に示しました。
資料の問い合わせから,福祉サービスに関する相談まで,
多種多様な内容が寄せられていることがわかります。
これらの相談には,基本的に筆者が対応しますが,内容によっては,専門の研究者や
関係者を紹介する場合もあります。
表2: 最近の3ヶ月に対応した相談内容
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日本国内 | 海外
────────────────┼───────────────
1)情報提供 |1)日本の福祉に関する情報提供
・資料,書籍の問い合わせ | ・イベント
・海外の福祉施設 | ・障害者の日本への旅行
・障害者スポーツ | ・日本の福祉施設
・福祉機器 | ・教育,医療
2)相談 | ・関連ホームページの紹介
・障害者の家族に対するサポート| ・日本の福祉機器
|2)福祉に関する情報提供
|・法律に関する資料
|3)相談に関する資料
|・福祉施設職員に対するサポート
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4 研究の展開
障害者関連のホームページは,最近になってますます増えてきています。
また,インターネットの社会への普及もより一層進んでいくことでしょう。
インターネットの福祉的利用をより一層進めていくためには,様々な観点からの
研究が必要です。ここでは,情報提供の観点から筆者等が展開している
3点について具体的な例を挙げて紹介いたします。
4.1 国内の関係者との連携
関連するホームページが増えてくると,利用者はどこにどのような情報があるかを
探すのが難しくなってきます。数多くの情報を整理していくには,多くの関係者が
役割分担をして協力する必要があります。
このような問題に対する検討を目的として,1996年6月から関係者16名と
CHIME Service Projectというプロジェクトを開始しました [3]。
このプロジェクトでは,リンク情報をメンバーが共有してそれぞれのページの
更新に役立てています。また,1997年には慶應義塾大学SFCの金子郁容研究室を中心に
実施されているVCOMと共同の
ケースプロジェクトにより,検索システムの検討に取り組んでいます [4]。
4.2 地域の福祉サービスとの連携
インターネットで交換される情報活動が,実際の地域での福祉サービスに
役立つような試みを推進していく必要があります。
筆者の関係している例では,1997年から視覚障害リハビリテーション協会において
情報ネットワーク事業が設立されており,その技術的支援に関わっています。
当協会は,視覚障害者を対象とした様々な医療・保健・福祉サービスに取り組んでいる
関係者の所属する全国規模の団体であり,メーリングリスト,WWW
を用いて関係者の間で情報交換がなされています [5]。
例えば,盲学校での取り組みに対する専門家の立場からのアドバイスがなされたり,
転居する視覚障害者に対する転居先の地域のサポート体制の問い合わせがなされるなど,
実際のケースに対応した取り組みがインターネットを用いて情報交換されています。
4.3 海外との連携
世界レベルでの障害者福祉サービスの充実のためには,世界の関係者が
連携することが必要です。泉水のように,英語版のページを持ち,海外からの
問い合わせに対応できる国内の関連ホームページはまだ少ないためか,
泉水は海外からもかなりの注目を集めているようです。
1997年2月には米国連邦政府教育省の指名により,ハワイで開催された日米共通
協議事項(次世紀のための教育的支援工学)の会議に参加し,
泉水の運営について講演する機会を得ることができました。
この時に米国の著名な福祉関係者と交流を深めることができたのは
貴重な体験になりました。
1997年4月には,WWWに関する規格を検討している世界的な組織の
World Wide Web Consortium(W3C)に,障害者のWWWへのアクセスについて
検討するグループ
Web Accessibility Initiative(WAI)
[6] が設置され,この会議にも関わるようになっています。
このような国際交流の機会は今後も増えてくるものと期待されます。
5 おわりに
今後の高齢化社会との関係から,社会福祉に対する社会の注目は高く,この分野での
情報ネットワークの活用は,社会的な関心の対象となっている1つの内容であると
いえます。この時期に,日本でインターネットが導入し始めた初期から
研究を開始することができたというタイミングの良さに恵まれ,有意義な
実践を蓄積できたことを幸いに思います。
また泉水へのアクセスは,他の関連ページと比較して速く,かつ安定しているという
ユーザからの報告を頻繁に受けています。これらの点から,TAINS および SuperTAINS
の設立に携わり,また運営に当たられている関係者のお仕事には頭が下がる一方です。
この場をお借りして謹んで感謝いたします。
最後になりましたが,泉水の構築や運営に特にご協力いただいた,
大学院情報科学研究科宮崎研究室の関係者,および東北インターネット協議会の
関係者に謝意を示します。
参考文献
[1] 小林巌・布川博士: ``コンピュータネットワークの福祉的利用に関する
調査研究---障害者情報サービスの現状について'',
平成5年度東北インターネット協議会委託研究報告書, 1994.
[2] 小林巌・布川博士: ``コンピュータネットワークの福祉的利用に関する
調査研究II---インターネットを用いた障害者情報サービスの試み'',
平成6年度東北インターネット協議会委託研究報告書, 1995.
[3] 井村保・小林巌: ``インターネット上での福祉情報の共有と体系化
〜CHIME Service Projectの試み〜'',
電子情報通信学会インターネット時限研究会第1回ワークショップ論文集,
pp. 31--36, 1997.
[4] http://www.vcom.or.jp/
[5] 小林巌・小田浩一・中野泰志・中村透・布川博士・小田島明・加藤晴喜・
田中恵津子・大場純一・川嶋英嗣・岩本正敏・佐藤究・宮崎正俊:
``視覚障害福祉の問題解決を志向するインターネットの利用実験'',
総合リハビリテーション, Vol. 25, No. 11, pp. 1287--1291, 1997.
[6] http://www.w3.org/WAI/
www-admin@tohoku.ac.jp
pub-com@tohoku.ac.jp