WWWと著作権法改正

東北大学法学部 TAINS利用研究会知的財産権グループ:芹澤英明
serizawa@law.tohoku.ac.jp


※印は,今回の著作権法改正に関係する規定。

1 はじめに

 Webページを作るとき,芸術的才能などなかなかないものですから, 他人が創作した絵や写真をちょっと拝借して少しでも多くの人に見てもらおうと 思ったことはありませんか?
 昨今では,スキャナを使って絵や写真をデジタル化し,htmlファイルの中に 組み込むことはとても容易です。しかし,この容易さが実は曲者で,これは, 知らないうちに他人の著作権をそれだけ侵害しやすくなってしまったという事実を 示しています。ネットワーク上に存在する無数のWebページは,音楽,美術, 写真,映画,プログラム等,さまざまな著作物を融合した 総合的な表現形態となっており,まさに,デジタル化,マルチメディア化を 体現したネットワーク時代の申し子です。
 ネットワーク上で,他人の著作物を利用する場合,私達は どんなことに気をつけたらいいのでしょうか? 最近,著作権法が改正されました。これは, World Wide Webを典型とする 「インタラクティブ送信」を著作権の内容に取り込むことにより 著作権者と利用者との間の関係をより明確にすることをめざしたものです。 ネットワーク上で他人の著作物を利用しようとする人は,著作権法の新しい規定を よく理解し,著作権をめぐる無用の紛争に巻き込まれることを未然に防ぐように してください。

2 著作権法改正

 これまでの著作権法はインターネットによるデジタル情報のオープンな流通という 新たな形態を予想しておらず,これに十分な対応ができていませんでした。 そのために,他人の著作物をデジタル化してネットワーク上で公開するという 行為についても,著作権を構成するどの権利(例,複製権)を侵害することになるのか 必ずしも明確ではありませんでした。
 そこで,WIPO(世界知的財産権機関)が中心となり「著作権の保護に関する ベルヌ条約」の改正作業を進めてきたところ,1996年12月になって「WIPO著作権条約」 及び「WIPO実演・レコード条約」という新条約が採択されました。わが国は, これらの条約を批准するとともに,1997年6月10日に著作権法を一部改正しました。 この法律は1998年1月1日から施行されています (*1)
 WIPO著作権条約第8条では,著作権の内容として, 「公衆への伝達権」が新たに規定されました。 これにより, 文学的および美術的著作物の著作者は,有線または無線の方法により, 著作物を公衆へ伝達することを許諾する排他的権利を持つということが 明確に宣言されました。 そして,ここでいう「公衆への伝達」には,公衆が選択する時に,その場所 で著作物にアクセスできるように,当該著作物を公衆に利用可能な状態に すること(「利用可能化」)を含むとされています。
 これをうけ,わが国の改正著作権法は,著作権の内容として 「利用可能化」を含む「自動公衆送信」権を新たに定めました。(改正著作権法 第23条1項) (*2)
 ここで「利用可能化」とは, 自動公衆送信し得ない状態からし得る状態に移す行為のことだとされています。 (法第2条1項9号の5) これは,ネットワークに接続されたコンピュータ(法律上は,「自動公衆送信装置」と 呼ばれています)に,情報を記録したり入力したりすることを表しています。 たとえば,ネットワークに接続された サーバのWebページ用の「記録媒体」に情報を記録すること, サーバに情報が記録されたディスクを加えること, 電子メールからWebページや掲示板用に記録媒体を変換すること, カメラやマイクのような入力装置からサーバに情報を入力すること等が, 「利用可能化」の典型的な事例として考えられます。 また,情報が入力・記録されているサーバをネットワークに接続する行為も 「利用可能化」に該当します。 ここで「利用可能化」とは,状態のことではなく, 法律上,その時点で完結する「一つの行為」であることに注意してください。
 「公衆送信」概念は,次のように整理されました。 改正法では,「公衆送信」権は,「放送」「有線放送」及び「自動公衆送信」 の三つの権利に分類されています。(法第2条1項 7号の2, 8号, 9号の2, 9号の4) 新設の「自動公衆送信」権とは,これまで述べてきたように, インターネットのWebページなどで,公衆からの求めに応じて自動的に 行う送信のことです。 つまり,これは,いわゆる「インタラクティブ送信」のことであって, 有線であるか無線であるかを問いません。 情報が常に公衆に送信されている「放送」とは異なり, あらかじめ送信用コンピュータ(サーバ)に入力されている情報が, 公衆からの要求ないしアクセスがあった場合にのみ送信されることを意味しています。 このように,著作権法上,「公衆送信」概念は, 「公衆」に対する「放送」と「通信」の全体を覆う概念となりました。
 著作権者は,「送信可能化」の部分を含む 「公衆送信」全体に対する権利を保有しています。 これに対し,実演家やレコード製作者(著作隣接権者) は, サーバへのアップロ ードなど公衆の求めに応じ, 自動的に情報が送信される状態 にする 「送信可能化」に関する権利だけを付与されており,「公衆送信」権はありません。 (法第92条の2,96条の2)
 利用者の側からみると,例えば市販のCD等を音源とする音楽情報をネットワーク上で 送信する際には,楽曲の著作権者とレコード製作者(著作隣接権者) 双方の許諾を得る必要があることになります。


(*1) 著作権法の一部を改正する法律(平成9年法律第86号)
(*2) 以下,単に「法第〜条」として引用。

3 コンピュータ・プログラムの送信に関する権利

 従来の著作権法では,同一構内における有線送信は,「有線送信」の概念から 除外されていました。 今回の改正法では,「プログラムの著作物の送信」について,同一構内での 「公衆送信」も権利の対象となりました。(法第2条1項7号の2)
 この改正は,LAN(Local Area Network)を使うことで, コンピュータ・プログラムの複製物を1個だけ購入し,それを 全端末に送信して利用するということが容易になったためになされたといわれています。
 この改正により,FTPサーバやファイルサーバに「プログラム」を置く場合, LANの外部からの接続を許す場合は当然として, たとえ同一構内の中だけにアクセス制限をかけていたとしても, 「公衆送信権」違反に問われる可能性がでてきました (*3)。 なお,「プログラム著作物」以外の他の著作物一般に関しては,従来どおり 同一構内における「公衆送信権」は認められていません。


(*3) 「公衆」とは,不特定多数の者だけでなく,「特定」できる多数の者も 含むことに注意してください。法第2条5項。

4 利用許諾契約の効力

 著作権の利用許諾は,利用者と著作権者の間の契約によって得ることができます。 このような許諾契約の中で, 利用期間や利用方法の条件,利用料の支払が定められます。 利用許諾を受けた者は,許諾に付された条件を超えて著作物を 利用することはできません。許諾条件を超えた利用は, 契約違反になるだけでなく,場合によっては,著作権侵害になります。
 許諾は,通常,著作権を構成する個々の権利毎になされます。 たとえば, 写真や絵画の著作権者AがB学会の代表者Xに,その学会誌に画像の転載を許諾した (複製権の許諾)場合, Xは,B学会が運営するサーバの学会誌用Webページにデジタル化したその画像を 転載することはできません。Xは,Aから自動公衆送信権の許諾を得ていないと 解される余地が十分あります。
 また,利用許諾契約の効力は,契約当事者以外には及ばないのが原則です。 上の例で,B学会代表者Xが自動公衆送信権の許諾を得たと仮定しても, X以外の者,たとえば,Xと同じ大学に勤務するYが大学のサーバ用に,別個の 「送信可能化」行為をするのならば,YはXからではなく, 著作権者Aから直接許諾を得るのが筋ということになります。
 許諾を受けた者が,「送信可能化」を行う場合, 利用許諾契約の条件に違反する行為の中には,新たな「送信可能化」行為を伴うものと, そうでないものがあります。 例えば,許された送信可能化の「回数」の条件に違反したり, 送信可能化に用いるのに決められていた「サーバ」とは異なったサーバを用いると, その行為自体が「送信可能化」に該当するので,著作権侵害行為となってしまいます。 これに対し,たとえば,送信可能化により自動公衆送信し得る状態に置く 「期間」の条件に違反したとしても,それは,著作権侵害行為にはなりません。 単なる契約違反になるだけです。 改正法では,このアンバランスを回避するため,契約当事者による 「回数」「サーバ」条件等の違反は,契約違反になりうるが, 著作権侵害にはならないとしました。 (法第63条5項)
 このように,著作権侵害になるかどうかは,実際上,大きな問題です。 単なる契約違反とは異なり,著作権侵害に対しては, 損害賠償や差止といった民事責任の他,場合によっては, 300万円以下の罰金,3年以下の懲役といった 刑事責任も問われかねません (*4)。(法第119条) この点に関連して, 複製権には広い範囲で認められている,「私的利用」「図書館等におけるコピー」 といった例外事項が 「自動公衆送信」権には全く認められていないことが解釈論上の大きな問題となって くるでしょう。(法30条以下)


(*4) この点は,レコード製作者や実演者の著作隣接権に対する侵害でも同じです。

5 おわりに

 今回の著作権法改正により,インタラクティブ送信についての著作権者と 利用者の間の権限調整はかなり明確化されました。 著作権者から許諾をとる場合,「どの権利」の許諾をとっているのか意識すべきこと, 「自動公衆送信」権の内容である「送信可能化」という概念がキーになることは 十分お分かりいただけたと思います。 とはいえ,著作物の利用手段は,ますます多様化,高度化しており, これに対応するため,著作権法の規定は,今後も不断に見直され, 頻繁に改正されることが予想されています。 また,新しい利用技術の誕生は,著作権概念やその管理方法についての 根本的な見直しをせまる機会ともなっています。 私達は,これからも, 著作権法の最新の動向について継続的に注意を払い,適正な著作物の利用に 努めていくことが必要でしょう。

6 [参考文献]

濱口太久未「著作権法の一部を改正する法律」法律のひろば1997-10, 42頁
著作権関連法令集データベース (社)著作権情報センター http://www.cric.or.jp/db/dbfront.html
世界知的財産権機関(WIPO) http://www.wipo.int/
知的財産権法プロジェクト 東北大学法学部 http://www.law.tohoku.ac.jp/intproplaw-j.html


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