研究開発用ギガビットネットワーク(JGN)利用事例(3)
「東北大学教育ネットワーク不登校児・障害児支援プロジェクト」の概要紹介

教育学研究科 人間発達臨床科学講座 渡部信一
教育学研究科 人間発達臨床科学講座 菅井邦明
 本学における通信・放送機構の研究開発用ギガビットネットワーク(JGN)利用事例の3例目として,本稿では「東北大学教育ネットワーク不登校児・障害児支援プロジェクト」を紹介します。

1 はじめに

 本研究は,科学技術庁総合研究「広域高速ネットワークを利用した生活工学アプリケーションの調査研究(主査:野口正一)」の中のひとつである「不登校児・障害児・高齢者カウンセリング・データベースに関する調査研究(代表:菅井邦明)」および「情報弱者によるリアルタイム・コンサルテーション・システムの有用性に関する調査研究(代表:細川徹)」の一環として,平成11年度から平成12 年度の2年間,実施されているプロジェクトです。本プロジェクトは,JGNをバックボーンとして利用した「不登校児・障害児支援システム(通称:『ほっとママ』)」の開発,および開発したシステムの1年間の運用による実証実験を通じて,ネットワーク社会における不登校児・障害児支援の新しいモデルを提案することを目的としています。なお,本プロジェクトは,仙台応用情報学研究振興財団,株式会社三菱総合研究所との共同研究として実施されています。

2 本プロジェクトの背景

 現在,社会問題となっている不登校やひきこもりに対する問題解決,あるいは障害児に対する教育の支援など,WWWを利用した情報提供やメールなどによるカウンセリングの試みが様々な団体によって行なわれるようになっています。本プロジェクトは,情報を系統的に提供するだけでなく,簡易カウンセリングシステムやテレビ電話による遠隔カウンセリングシステムを組み合わせて,統合的に支援を行なうといったたいへん特色のあるものとなっています。

 教育学研究科教育ネットワーク研究室のグループでは本プロジェクトに先立ち,平成8年度から10年度の3年間,ISDN回線を利用して「テレビ電話によるカウンセリング実験」を実施しています。その実験では,教育学研究科を拠点として,不登校児や障害児の問題に関わる東日本17施設へ回線を結び,テレビ電話相談によるカウンセリングを行ないました。

 ISDN回線上のテレビ電話を利用した遠隔カウンセリング実験において,被験者を対象としたアンケート調査からは,ケース相談に関してテレビ電話が非常に有効であるとの高い評価を得ることができました。通常の電話によるカウンセリングと比較し,テレビ電話によるコミュニケーションではビジュアルな情報のやりとりを行なうことができる点で圧倒的に有利となります。利用者はカウンセラーの表情が見えることで安心でき,カウンセラーは利用者の状況を確認することでアドバイスに対するより確かなフィードバックを得ることができます。しかし残念ながら,家庭用ISDN回線による低ビットレートの映像品質には限界があり,より精細な画質と音質を求める意見もありました。

 また前述の実験を通じて,カウンセリングを円滑に実施するためには関係する情報を利用者に事前に提供しておく必要があること,あるいはカウンセラーの数が限られていることを補うためにカウンセラーを補助する仕組みが必要なことなどの課題も明らかになりました。これらの結果を踏まえ,本研究ではデータベースの公開と高品質テレビ電話カウンセリングシステムなどによる総合的なシステムとして,「不登校児・障害児支援システム」を構築,運用しています。

3 『ほっとママ』のシステム構成

 「不登校児・障害児支援システム『ほっとママ』」のネットワーク構成を図1に示しました。後述するテレビ電話カウンセリングのためのテレビ会議システムとデータベースアクセスのためのパソコンを配置したブース(『ほっとブース』)が,仙台市内の情報・産業プラザ(青葉区中央)と福祉プラザ(青葉区五橋)に設置され,それらと東北大学を結ぶ基幹回線としてJGNを利用しています。その回線上で『ほっとママ』用に予約された帯域は25Mbpsとなっています。


図 1: 『ほっとママ』システムの構成図

 専門知識の豊富なデータや簡易カウンセリングコンテンツなどを提供する『ほっとママ』の中心となるサーバは,教育学研究科の教育ネットワーク研究室に設置されています。教育ネットワーク研究室にはテレビ会議システムの端末も配置され,カウンセラーはここから2箇所のブースに対してテレビ電話カウンセリングを実施します。

 『ほっとママ』が提供しているコンテンツのうち,テレビ電話以外の部分についてはインターネットに向けても広く発信しています。これまでの利用状況をみると,毎月ほぼ一定して3万件ものアクセスがあり,そのうち約85%がインターネットからのアクセス,残りの15%が2箇所のブースからのアクセスとなっています。なおインターネット向け『ほっとママ』のURLはhttp://hotmama.sed.tohoku.ac.jp/です。

4 『ほっとママ』が提供している支援の内容

 「不登校児・障害児支援システム『ほっとママ』」では,不登校児や障害児に対する支援を次の4つのレベルに分類しています。  そのうち,『ほっとママ』がシステムとして直接サポートする範囲はレベル1のデータベースの公開からレベル3のテレビ電話カウンセリングまでの段階となっています。利用者にはまず,本システムのレベル1からレベル3までの範囲で問題解決を試みてもらいます。それでもなおカウンセリングを必要とする場合には,レベル4へ進み大学で対面のカウンセリングを受けることになります。

4.1 専門知識データベース(レベル1)

 レベル1の専門知識データベースでは,16の専門領域(不登校,情緒障害,ことばの遅れ,知的障害,学習障害,こころの病,自閉症の医学,自閉症の療育,健康障害・病虚弱,ダウン症,視覚障害,聴覚障害,盲 ろう 二重障害,重度重複障害,障害児保育,障害児教育とコンピュータ活用)についてそれぞれ30個,合計480個の想定質問と回答,解説を用意しています。それぞれ,文章による解説だけでなく,専門家が語りかける形式でのビデオによる説明も提供しています。

4.2 コンピュータによるカウンセリング(レベル2)

 自分の抱える問題について,レベル1のデータベースから提供される情報だけでは解決できなかった利用者は,コンピュータが仮想的にカウンセリングを行なうレベル2へと進みます。現在,レベル2ではことばの遅れの領域に関してコンテンツを提供し,実験を行なっています。

 ことばの遅れに関する簡易カウンセリングでは,歌遊び「げんこつ山のたぬきさん」を3DCGにより提示し,子どもの反応を評価することを通じて対話的に支援のアドバイスを行ないます。3DCGを用いたカウンセリングの画面の例を図2に示しました。


図 2: 3DCGを用いたカウンセリング画面の例

4.3 テレビ電話カウンセリング(レベル3)

 レベル3では,テレビ電話を利用したカウンセリングを行ないます。テレビ電話はH.323準拠のLANベーステレビ会議システムを利用しています。本テレビ会議システムは片方向768kbpsの通信速度で映像と音声をやりとりすることができ,ほぼテレビの地上波放送程度の品質の画像でテレビ電話カウンセリングを行なうことができます。

 テレビ電話カウンセリングは市内2箇所のブースから行なうことが可能です。なおテレビ電話カウンセリングの希望者は,カウンセラーの時間を確保するために,システムを介してあらかじめカウンセリングの予約を入れておかねばなりません。

5 おわりに

 以上,「広域高速ネットワークを利用した生活工学アプリケーション」プロジェクトの概要を簡単に紹介しました。

 『ほっとママ』の運用実験を通じて,仙台市以外の利用者からもテレビ電話カウンセリングを利用したいという要望がありました。これから通信環境がますます整備されれば,家庭からのテレビ電話カウンセリングも現実のものとなるでしょう。ADSLやCATVによる家庭への高速通信の実現が現実的になりつつある今こそ,家庭から教育ネットワーク研究室へのダイレクトなテレビ電話カウンセリングの実験に最適な時期といえます。来年度から予定している次期プロジェクトでは,コンテンツや表現手段の改良と共に,モニタ家庭を対象とした継続的な遠隔カウンセリング実験の実施も検討しています。

 『ほっとママ』についての問い合わせは,までお送り下さい。