SuperTAINS の利用を考える (2)
−電子情報の蓄積と活用−

大型計算機センター研究開発部 藤井 章博
fujii@cc.tohoku.ac.jp
 ウンベルト エーコ原作の映画「薔薇の名前」 をご覧になったかたは,中世の薄暗い修道院の一室で 多くの僧侶たちが,ギリシャ時代の文献を黙々と手書きで写本する姿が 印象に残っているのではないでしょうか。
 印刷技術が確立する前の時代, 学問に携わる人たちにとっての最大の仕事が, 先哲の教えを記した文献を写し取るという作業でした。
 いま我々は,グーテンベルグの活字印刷による情報革命を経て, 「マルチメディア」 という言葉に象徴されるような新たな電子メディア による情報革命の真っただ中に居合わせているといえます。
 そこでは,電気的な信号として蓄積された情報が,量,速度, 距離といったあらゆる面で中世の学者の想像をはるかに凌駕する 規模でやり取りされています。
 情報を記録するための媒体である革や紙などですら十分手に入れること ができなかった時代の彼らの目から見ると,我々はいかに遠くに立って いることでしょう。
 さて,今回の「SuperTAINS の利用を考える」では,情報を電子的に 蓄積し活用するという側面に焦点をあててみたいと思います。 高速なネットワークは,蓄積された豊富な電子情報を瞬時に貴方の 机の上の端末に呼びだす能力を持っています。それでは,わたしたち の身近な東北大学という学術環境の中で,一体どんな電子情報の蓄積 が試みられているのでしょうか?

情報の電子化

 まずは,東北大学附属図書館の試みを紹介したいと思います。 附属図書館には,多量の和漢書古典本が所蔵されていますが,その中で, 特に江戸学の宝庫として全国の研究者から親しまれている「狩野文庫」 があります。
 狩野文庫は,明治31〜41年に旧制第一高等学校長・京都帝国大学 文科大学長を歴任した文学博士狩野亨吉の旧蔵書で, 和漢にわたる古典籍(国宝2点)約10万8千冊の集書です。 その中には,歌舞伎の名場面・富士三十六景等の浮世絵,人物から 山水までの森羅万象の形を描いた絵本,大坂合戦図・大坂陣絵図・伏見 古図等の古地図等,貴重な彩色資料が数多く所蔵されています。
 しかし,これらの資料を利用するには,特別な利用許可が必要で, 残念ながら他の所蔵本のように容易に手に取って観ることはできません。 これは,永久保存のためです。そこで,附属図書館では, この世界に誇る大コレクションの安全な保存対策と広く 一般利用者への公開を目的として,約3年前から 「狩野文庫マイクロフィルム化」 事業を実施してきました。現在,モノクロ版は完成し, 彩色資料カラーフィルムのフォトCD化の編集作業を 進めているところです。附属図書館では,これらの資料を磁気ディスク・ 光ディスク等,大容量記憶装置に全文データベースとして 格納/蓄積しています。
 去る3月1日にSuperTAINS の公開デモに出掛けられた方は, この狩野文庫のハイライトを WWW,Mosaicというソフトウエアを使った端末の上で 見ることができたのを記憶されているでしょう。
 このような電子化によって,情報を素早く流通させることが出来る点は もちろんのこと,汚してはいけない壊れやすい冊子に情報が収っている という物理的な制約から開放するといった利点が生まれます。 また,情報をネットワークを通じて容易にやり取りできます。 そして忘れてはならないのが,電子化されたデータベースでは, 情報の検索が容易にできるということです。

電子図書館

 先日,筆者が住む区の図書館にでかけますと, そこではファミコンのアドベンチャーゲームのような画面で, 蔵書の検索を促す端末が目に留りました。 親しみやすいアニメのおじさんが端末の使い方を分かりやすく説明 しています。実際に触れてみて驚いたことに,この端末では見つけたい 本の在りかを仙台市の全市民図書館に渡って調べてくれるのです。 このシステムの仕掛けとして,蔵書がデータベースとして どこかの計算機で一括して管理されているのだろうということは容易に 想像がつきます。しかし,実際にこんなシステムが身近にあるとその威力に 感激します。これなら小学生でも簡単に利用できると思いました。
 いま,「電子図書館」という言葉が云われています。図書館の蔵書 を書名や著者だけでなく,内容も全て電子化してしまおうというものです。 東北大学の附属図書館も 電子図書館システムの具体化に向けて検討しているところです。 また,文部省の学術情報センターでも, 電子図書館システム構築の一貫として, 学会誌論文の全文データベースの検索サービスの 試行を開始しています。 このような電子図書館を実現するためには, じつは技術的問題より, 著作権等の問題を解決することが大きな課題で あるといわれています。
 近い将来には,電子図書館システムによる全文の電子的学術情報を より多くの利用者が気軽に使えるようになることと思われます。 あらゆる文献や狩野文庫のような秘蔵の書を使いやすい対話型の インターフェースで研究室の端末から気軽に読むことができる日 はそう遠くないでしょう。

WWW

 つぎに,先ほどすこし話の出たWWWと呼ばれるコンピュータ ソフトウエアについて述べてみたいと思います。 WWWまたはMosaicと呼ばれる画面を実際に見たことのある 読者は,どのくらいいらっしゃるでしょうか。 少なくとも雑誌の写真を目にしたことのある方は多いのではないで しょうか。これらのソフトウエアは,一言で云うと,ネットワーク上 にハイパーテキストという形で蓄積された電子情報を検索し表示する ための道具です。

 ハイパーテキストとは,電子化された文字列や図,イメージ, さらには動画や音などを扱える電子化された文書のことです。 これは,紙に印刷されているパンフレットや写真集,雑誌といった 媒体のもつ表現能力を超えた情報の伝達能力を持っています。


図1 大型計算機センターのWWWページ


図2 センターへのアクセス

 ハイパーテキストの例として,WWWで公開している大型計算機 センターの案内のページを図1に示します。センターの外観の写真 とともに,センターの概要と設備に関しての説明を読むことができます。 写真の脇に「センターへのアクセス」という欄がありますが, 画面の利用者は,この部分をに矢印をあててボタンをおすと, 図2のような地図の画面を呼び出すことができます。 項目には動画や音を仕込むこともできます。文章や写真の合間に ちりばめられた項目は,かならず観なければならないというわけ ではありません。利用者は,ハイパーテキスト上を自由気ままに 散策しながら,これはと思うものを好みに応じて眺めて廻ればよいのです。
 ハイパーテキストを作成する過程はおおむね以下のようになります。

  1. 図画をスキャナで読み込む。
  2. 読み込んだ電子データを記録媒体に蓄積する。
  3. これとは別に,説明用の文章をテキストの形のデータとして作成する。 (ワープロなど)
  4. ハイパーテキストのデザインを考える。
  5. HTMLなどの言語(プログラム言語のようなもの)を利用して それらの情報の配置や関連した情報のリンク付け, 読み手の操作に対する仕掛けなどを記述する。

 WWWは,すでに存在するデータベースをハイパーテキストの形で 呼び出すことにも一役かっています。東北大学には,世界に誇る 学術データベースがいくつかあります。そのなかの一つに, JAIDASというものがあります。これは,気象衛星ノアから毎日送られて くる日本周辺の近赤外および遠赤外画像を何年間にも渡って蓄積した データベースです。元々は,画像のデータベースとして構築された ものですが,今では,ネットワークからのアクセスが容易に行えるように WWWを用いての検索もできるようになっています。
 情報は,受け手になるだけではつまりませんね。せっかく覚えた歌は, カラオケで歌ってみたい。人前でギターの腕前を披露したい。 自分のつくった版画を展示してみたい。 新しいことがらや考え方を見つけた人が, それをたくさんの人に伝えることで科学や文化が進歩して来た といっても言い過ぎではないでしょう。
 WWWは,個人の情報発信の場としても利用できます。 情報をハイパーテキストの形で外の世界にむけて公開するのです。 実際,学内でTAINSに繋がっている計算機で,自分の研究成果を 図入りで公開することもかなり一般的に行われるようになっています。
 これまでの話を整理しますと,電子化して蓄積した様々な情報は, ハイパーテキストとして統一的に取り扱うことができ, ネットワークを通じて柔軟にアクセスすることができる ということになります。 これらのハイパーテキストをネットワークを介して相互に連結させた世界が, WWW(World Wide Web, 世界中に張り巡らされた蜘蛛の巣)と呼ばれるものです。 そして,この情報を検索し眺めるためのインタフェース (ビューワーとも言う)の一つがMosaicと呼ばれる ソフトウエアなのです。
 百聞は,一見にしかず。WWWに未だ触ったことがない人は, TAINSに繋がっている端末で眺めてみてください。 たとえば学内では,大型計算機センターには,WWWを鑑賞することの できる端末を多く揃えています。高解像度のディスプレイを身近に お持ちでないかたは,一度訪ねてみてはいかがでしょうか。

おわりに

 さて,学術環境におけるマルチメディア情報の蓄積の例を ご理解いただけたでしょうか。手始めは自分の研究室の研究紹介を 図や写真入りのハイパーテキストで作成してみてはいかがでしょうか。 このような環境が進むことによって,電子図書館のような施設も よりはやく現実みを帯びてることでしょう。
 SuperTAINS のような高速なネットワークが威力を発揮するのは, まさにこのような状況においてです。 逆にいえば,それ無しには学術環境での マルチメディア情報が活かし切れないことになります。
 次回は,高速ネットワークがもたらす最大の魅力である 動画像通信にスポットを当ててみたいと思います。

謝辞

 本稿をまとめるにあたり情報をご提供くださった附属図書館 石垣久四郎氏に感謝いたします。


www-admin@tohoku.ac.jp
pub-com@tohoku.ac.jp