高速ネットワークを利用した遠隔医療診断技術の現状と今後

加齢医学研究所 機能画像医学 福田 寛
1.はじめに

 ネットワークを利用した遠隔医療診断技術,特に我々に関係が深い画像診断につい て紹介します。この技術は,現状ではまだ実用化の段階にはいたっておらず,しかも 一般回線やISDNを用いて行なわれているものが多く,光ファイバー高速ネットワーク によるデータ通信実験を行なっている施設は極く限られています。ここでは,まず前 者について紹介し,ついで高速ネットワークを使用するメリットについて述べます。

2.医療における画像

 画像医学は医学の客観化と科学化に大きく貢献しており,いまや医学診断には不可 欠の手段です(表1)。 しかし,これらの装置,特にX線CTやMRIで得られた画像 の診断は必ずしも容易ではなく,画像に込められた多くの情報を引き出すためには診 断専門医の関与を必要とします。一方,特に東北地方では診断専門医の数は少なく, また大学病院や大都市の病院に偏在しているので,装置はあっても質の良い医療を受 けられないという状況が生じることになります。
 この問題を解決するためには,1)その病院に診断医を雇用する,2)他の病院の診 断専門医のサポートを受ける,3)画像を何らかの手段で専門医のいる病院に転送し て診断を受ける,といった方法が考えられます。第一の方法は最も理想的ですが,も ともと診断医の数が限られていること,厳しい医療経済状況下で医師一人のコストを 病院がさらに負担することは困難であること,などの理由により実現するのは案外難 しいことです。第二の方法では定期的に診断医がその病院に出向くことが行われてい ますが,せいぜい週一回が限度です。このため,検査を受けてから診断レポートが得 られるまで最長一週間かかることになり,すぐに結果を知りたい時など不都合が生じ ます。第三の方法では,専門医のいる病院に画像データを伝送するかあるいは画像フ ィルムを宅急便で送ることになります。前者を一般に遠隔画像診断と呼んでいます。 現在,全国数十ケ所で病院間の画像の通信システムが稼働していますが,ほとんどは 一般回線か,INS64のレベルです。

3.遠隔画像診断

 表1は 現在医療で用いられる画像情報の種類とそのデータ量を示したものです。こ のような大容量の画像データをそのまま一般回線やINS64で送ったのでは時間がかか りすぎます。表2には INS64,ISDN1500,および光ファイバーを使用した時のおよそ の伝送時間が示してあります。例えば,一人分のMRIデータを送るのにINS64では5 2分もかかることになります。これでは実用にならないので,多くの場合,画像の圧 縮が行われています。現状では伝送時間の問題に加えてコスト(伝送システムの設備 投資,回線使用量)も大きな問題です。
 このような,現状のシステムの問題点はデータの質です。データを失わない圧縮もあ りますが,医用画像の伝送では,画質の低下あるいは情報の損失が起こる圧縮の場合 が多く,診断の質が保証できるのはどこまでか,十分な合意は得られていません。 そこで,当面コストを無視して理想的な条件を考えますと,大容量のデータを圧縮せ ずに高速で伝送できるシステムということになるでしょう。光通信による高速ネット ワークによる遠隔画像診断の利点を次に示します。まずその高速性ゆえの伝送時間で すが,INS64で52分かかっていたものが,1秒程度で済むことになります。また,音 声信号,ビデオ信号も同時に(いわゆるマルチメディア)しかもほとんどリアルタイ ムで送れますので,テレビ会議を通してあたかも同じ部屋にいるような仮想診断室が でき上がることになります。これは,患者を眼の前にして画像データの判断により, 即決即断の治療が要求されるような事態に有効でしょう。また,もうひとつのメリッ トは,伝送が高速であるためにデータが自分側のディスクに必ずしもある必要はなく, 相手側のディスクに直接アクセスしてデータを操作して,自分側の表示装置にほぼリ アルタイムで表示できることです。このことにより診断医は必要なデータを相手側か ら随時引き出せることになるでしょう。
 図1は このような遠隔画像診断システムの概念図を示したものです。画像センター を中心に複数の病院がネットワークを構成し画像診断サービスを受けることになりま す。我々のグループは将来の実用化をめざしてNTTの実施するマルチメディア通信実 験に平成6年度から参加しています。実験は学内\SuperTAINS を経由して行っていま す。種々の制約のために通信速度は10Mbqsに制限されていますが,実験を行った結果 ,現時点で以下のことが確認されました。すなわち,1)大容量の画像データが極く 短時間で伝送できたこと,2)相手方のディスクにアクセスして画像データを自分の 表示装置に表示できたこと,3)相手方にあるソフトを直接駆動できたこと,4)こ れらのやり取りをテレビ通話を通じて行い,時間ずれがなくイライラしない範囲で実 行できたことです。それぞれのステップに若干のトラブルはあったものの,全体とし て実験は順調に経過しています。今後の検討課題としては,1)診断医が診断しやす い画像の表示方法と装置の開発,2)診断の重要なプロセスである過去のデータとの 比較を容易に行うため,データの効率的検索および引き出し方法などです。またシス テム全体としては,従来とは比較にならない高速伝送の利点を十分に生かす必要があ り,発想の転換が必要でしょう。
 現時点ではコストの面で高速光通信による遠隔画像診断の実用化は容易ではありませ ん。しかし,光ファイバー網というインフラストラクチャーの整備,充実が国レベル で考慮されていること,日進月歩のコンピュータ装置,技術の発展により大幅なコス トダウンが期待されることなどから,近い将来に実現するという予想のもとに実験を 進めています。

表1 医療における画像
 種類  形式  情報量(一人分概算)データ量(最大)
X線写真 アナログ 2048×1024×16*/枚×(1-5)  160Mbit
X線CT ディジタル 512×512×16/画像×(10-30)  120Mbit
MRI ディジタル 512×512×16/画像×(30-50)  200Mbit
超音波エコー ディジタル 256×256×8/画像×(10-20)  10Mbit
核医学(PET) ディジタル 128×128×16/画像×(50-600) 150Mbit
*ディジタル化したもの

表2 医用画像の伝送時間
 種類  データ量   伝送時間 
 INS64  ISDN1500  光ネット(150Mbps)
X線写真  160Mbit 42分 107秒 1.1秒
X線CT  120Mbit 31分 80秒 0.8秒
MRI  200Mbit 52分 133秒 1.3秒
超音波エコー  10Mbit 2.6分 6.7秒 0.1秒
核医学(PET)  150Mbit 39分 100秒 1.0秒


図1 遠隔画像診断システム

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