コンピュータネットワーク上の国際的な著作権侵害

知的財産権研究会 芹澤英明
g22050@cctu.cc.tohoku.ac.jp
1.コンピュータネットワーク上の国際的な著作権保護

 コンピュータネットワークの発達は,国境を超え, 今や,法の適用関係において,前代未聞の複雑な問題を提起しています。 その中でも基本的な問題は,ネットワーク上での著作権は, いったいどこの国の法律の下で保護されるのかという問題です。
 コンピュータソフトを含む,言語,音楽,美術,映画,写真 といった著作物は,現在では,多くの国において, 何らかの著作権法による保護を受けています。 しかし, 万国著作権条約やベルヌ条約等の 多国間条約による著作権法の国際的統一は不完全であり (未加盟の発展途上国の存在), たとえこれらの条約の加盟国であっても,その保護の細かい内容は, 各国の国内法によりまちまちです (*1)。

2.ベルヌ条約の例

 今,日本とアメリカ合州国が加盟している (*2) ベルヌ条約を例にとってみましょう。 ベルヌ条約では,いずれかの加盟国を本国 (*3) として著作権が生じると, 一定要件の下に,無方式で (*4), 他の加盟各国で同時的に各国法に基づく著作権が発生します (*5)。
 これは,著作権についての属地主義と呼ばれ, かつては,A国法とB国法とでどちらの法を適用するか 選択する(これを準拠法選択という)という問題はほとんど 生じないと考えられていました。
 仮に,日本を本国とする著作物について, アメリカで侵害行為が行われた場合,どちらの著作権法が 適用になるのでしょうか?(ケース1) 逆に,アメリカを本国とする著作物について, 日本で侵害行為が行われた場合はどうでしょうか?(ケース2)
 かつては,ベルヌ条約5条1項の内国民待遇規定から, 法廷地法(訴訟が提起された国の法)がそのまま適用されると理解されることが 多かったようです。 しかし,最近では, ベルヌ条約5条2項がこの問題について定めていると解されています。 この条文の解釈についても,学説上の争いがありますが (*6), いずれの説をとっても, 「行為地」の国内著作権法が適用されるという結論になると されています。
 つまり,先程の説例では,基本的な考え方として, ケース1では,アメリカ法,ケース2では,日本法が 適用になると思われます (*7)。

3.「利用」行為地法とは何か?

 問題は,国際的なコンピュータネットワークの発達により, さらに複雑化します。 準拠法選択の基準となるベルヌ条約5条2項上の,「行為地」とは 一体どこのことでしょうか?
 問題は,たとえば,A国を本国とする著作権の違法な複製が, ネットワーク上で,ほぼ同時にB,C,D−国で行われる というだけではありません。 A国からの著作物を,著作権者の同意なく,B国で違法に受信しさらにそれを C国等に 再送信するという場合, 行為地法とは,A,B,C国いずれの法なのでしょうか?
 少なくとも,「行為地」は,一義的に定まらないため 複数の国の著作権法の適用可能性が生じ, 従って,法の抵触,準拠法選択についての何らかの 法的基準が必要になることは明らかでしょう。 これからの国際的なコンピュータネットワークにおける著作権保護をめぐる 法的紛争では,侵害「行為地」概念の解釈がキーに なっていくと思われます。

4.知的財産権研究会について

 このように,すでに,コンピュータネットワークを めぐる法律問題は,著作権だけをとってみても,日本法だけを相手にしていては, 解明されないことが明らかになります。
 関連する外国の著作権法についての知識が必要になりますし, 国際私法(さらに,国際民事訴訟法)といった, 法の抵触についての国内法,外国法の理解も必要になります。
 知的財産権研究会では,著作権のような知的財産権だけでなく, コンピュータネットワーク上で 生じつつある法律問題について広く研究しています (*8)。 皆さんが,SuperTAINS 上で,日々直面しつつある法的問題 は,新しくまた未解決のものが多いでしょう。 それらの問題に対して,分析の筋道を明らかにし,解決の方向を探るのが, この研究会の目的といえます。

[参考]本稿で参照したURL集

[注釈]
*1  例えば,アメリカ著作権法特有の法理として,fair useの抗弁や寄与侵害 (contributory infringement)の法理,差止命令の対人的効力等が有名です。
*2  もっとも,アメリカが加盟したのは,1989年で,それ以前のアメリカ法は, 広く登録制や著作権表示を強制し,著作者人格権がない点等,現在より日本法と 大きな相違がありました。
*3  ベルヌ条約5条4項。発行地ないし著作者の国籍によって定まります。 内国著作物と外国著作物の区別について,日本法では,著作権法第6条, アメリカ法では,Berne Convention Workに関する定義規定17U.S.C.§ 101を参照。
*4  無方式とは,copyright表示(「(c)」)や登録などの能動的行為を行わなくとも 著作権が認められるということです。
*5  内国民待遇の原則。ベルヌ条約5条1項。
*6  田村善之「並行輸入と知的財産権」ジュリスト1064号45--50頁(1995), 石黒一憲『情報通信・知的財産権への法的視点』60頁(1990)。
*7  日本法の参考判例として, 石黒一憲評釈「フランスで出版された画集の日本への輸入, 販売 − レオナール・ツグハル・フジタの生涯と作品事件」 別冊ジュリスト著作権判例百選(第二版)222頁(1994), アメリカ法の参考判例として, Subafilms, Ltd. v. MGM-Pathe Communications Co. 24F.3d1088(9th Cir. 1994); Case Note, 20N.C.J.Int'l L.&Com.Reg.456(1995)をあげておきます。
*8  たとえば,石黒一憲『超高速通信ネットワーク:その構築への夢と戦略』(1994) を参照のこと。


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