コンピュータネットワークの発達は,国境を超え,
今や,法の適用関係において,前代未聞の複雑な問題を提起しています。
その中でも基本的な問題は,ネットワーク上での著作権は,
いったいどこの国の法律の下で保護されるのかという問題です。
コンピュータソフトを含む,言語,音楽,美術,映画,写真
といった著作物は,現在では,多くの国において,
何らかの著作権法による保護を受けています。
しかし,
万国著作権条約やベルヌ条約等の
多国間条約による著作権法の国際的統一は不完全であり
(未加盟の発展途上国の存在),
たとえこれらの条約の加盟国であっても,その保護の細かい内容は,
各国の国内法によりまちまちです (*1)。
2.ベルヌ条約の例
今,日本とアメリカ合州国が加盟している (*2)
ベルヌ条約を例にとってみましょう。
ベルヌ条約では,いずれかの加盟国を本国 (*3)
として著作権が生じると,
一定要件の下に,無方式で (*4),
他の加盟各国で同時的に各国法に基づく著作権が発生します
(*5)。
これは,著作権についての属地主義と呼ばれ,
かつては,A国法とB国法とでどちらの法を適用するか
選択する(これを準拠法選択という)という問題はほとんど
生じないと考えられていました。
仮に,日本を本国とする著作物について,
アメリカで侵害行為が行われた場合,どちらの著作権法が
適用になるのでしょうか?(ケース1)
逆に,アメリカを本国とする著作物について,
日本で侵害行為が行われた場合はどうでしょうか?(ケース2)
かつては,ベルヌ条約5条1項の内国民待遇規定から,
法廷地法(訴訟が提起された国の法)がそのまま適用されると理解されることが
多かったようです。
しかし,最近では,
ベルヌ条約5条2項がこの問題について定めていると解されています。
この条文の解釈についても,学説上の争いがありますが (*6),
いずれの説をとっても,
「行為地」の国内著作権法が適用されるという結論になると
されています。
つまり,先程の説例では,基本的な考え方として,
ケース1では,アメリカ法,ケース2では,日本法が
適用になると思われます (*7)。
3.「利用」行為地法とは何か?
問題は,国際的なコンピュータネットワークの発達により,
さらに複雑化します。
準拠法選択の基準となるベルヌ条約5条2項上の,「行為地」とは
一体どこのことでしょうか?
問題は,たとえば,A国を本国とする著作権の違法な複製が,
ネットワーク上で,ほぼ同時にB,C,D−国で行われる
というだけではありません。
A国からの著作物を,著作権者の同意なく,B国で違法に受信しさらにそれを
C国等に
再送信するという場合,
行為地法とは,A,B,C国いずれの法なのでしょうか?
少なくとも,「行為地」は,一義的に定まらないため
複数の国の著作権法の適用可能性が生じ,
従って,法の抵触,準拠法選択についての何らかの
法的基準が必要になることは明らかでしょう。
これからの国際的なコンピュータネットワークにおける著作権保護をめぐる
法的紛争では,侵害「行為地」概念の解釈がキーに
なっていくと思われます。
4.知的財産権研究会について
このように,すでに,コンピュータネットワークを
めぐる法律問題は,著作権だけをとってみても,日本法だけを相手にしていては,
解明されないことが明らかになります。
関連する外国の著作権法についての知識が必要になりますし,
国際私法(さらに,国際民事訴訟法)といった,
法の抵触についての国内法,外国法の理解も必要になります。
知的財産権研究会では,著作権のような知的財産権だけでなく,
コンピュータネットワーク上で
生じつつある法律問題について広く研究しています (*8)。
皆さんが,SuperTAINS 上で,日々直面しつつある法的問題
は,新しくまた未解決のものが多いでしょう。
それらの問題に対して,分析の筋道を明らかにし,解決の方向を探るのが,
この研究会の目的といえます。
[参考]本稿で参照したURL集
[注釈]
*1
例えば,アメリカ著作権法特有の法理として,fair useの抗弁や寄与侵害
(contributory infringement)の法理,差止命令の対人的効力等が有名です。
*2
もっとも,アメリカが加盟したのは,1989年で,それ以前のアメリカ法は,
広く登録制や著作権表示を強制し,著作者人格権がない点等,現在より日本法と
大きな相違がありました。
*3
ベルヌ条約5条4項。発行地ないし著作者の国籍によって定まります。
内国著作物と外国著作物の区別について,日本法では,著作権法第6条,
アメリカ法では,Berne Convention Workに関する定義規定17U.S.C.§ 101を参照。
*4
無方式とは,copyright表示(「(c)」)や登録などの能動的行為を行わなくとも
著作権が認められるということです。
*5
内国民待遇の原則。ベルヌ条約5条1項。
*6
田村善之「並行輸入と知的財産権」ジュリスト1064号45--50頁(1995),
石黒一憲『情報通信・知的財産権への法的視点』60頁(1990)。
*7
日本法の参考判例として,
石黒一憲評釈「フランスで出版された画集の日本への輸入,
販売 − レオナール・ツグハル・フジタの生涯と作品事件」
別冊ジュリスト著作権判例百選(第二版)222頁(1994),
アメリカ法の参考判例として,
Subafilms, Ltd. v. MGM-Pathe Communications Co. 24F.3d1088(9th Cir. 1994);
Case Note, 20N.C.J.Int'l L.&Com.Reg.456(1995)をあげておきます。
*8
たとえば,石黒一憲『超高速通信ネットワーク:その構築への夢と戦略』(1994)
を参照のこと。