SuperTAINS の利用を考える(3)
−画像情報の伝送−

大学院情報科学研究科 藤井章博
fujii@nemoto.ecei.tohoku.ac.jp
1.はじめに

 マラソン競技の発祥は,紀元前490年にペルシャ軍と アテネ軍の間で戦われたマラトニアの戦いでの逸話にさかのぼる といわれています。駿足の誉高かったフェイディピデスという人が, 戦いの様子を戦場から遠く隔たったアテネの町に知らせることになり ました。戦況報告を待ちわびている同胞に一刻もはやく味方の勝利の 知らせを伝えるため,彼は命を賭けて走りました。そして, 情報を伝えるや, ばったり倒れ込みそのまま帰らぬ人と なったといわれています。
 考えてみれば,情報伝達のスピードが人や馬の走る速さを大 きく上回り,そのコストも劇的に小さくなったのは,歴史の尺度でみ るとごく最近のことになります。現在の我々は情報通信機器に囲まれ て暮らしているため,つい30年前には電話がどの家にもあったわけ でないという事実を意外に感じます。
 近い将来SuperTAINS のような高速ネットワークを利用する ことが一般の家庭にも普及していくことになるでしょう。この ようなネットワークでは,情報量に換算して通常の電話の100倍 から1000倍の情報を双方向にやり取りできます。現在でもラジオ やテレビによってもたらされる高音質のステレオ放送や動画像は, この程度の情報量をもたらしているわけですが,これらのメディア の視聴者である我々は,いまのところ情報の``受け手''として の役割しか与えられていません。ところが,高速ネットワークでは それに参加するすべての人をテレビ放送に匹敵する量の 情報の``送り手''としうる力をもっています。
 今回の「利用を考える」では,大量の情報が伝送可能な 高速ネットワークのメリットを最大限に活かせる通信形態, すなわち,動画像の伝送を伴うアプリケーションを見て いきたいと思います。

2.テレビ会議型通信システム

 まず,この先急速に普及が予想される通信アプリケーション としてテレビ電話型の通信形態が挙げられます。図1の写真は, ワークステーションとよばれる部類の計算機に簡単なビデオカメラ と内蔵スピーカがセットになったシステムです。このシステムを 利用するといわゆるテレビ電話のように,相手の表情を見ながらの 通話が実現できます。 通話は1対1のほかに複数の人が参加する会議型の通信も行えます。


図1 ビデオカメラ付きワークステーション

 カラーの動画像と音声を伝送する際には,1秒間に数10 メガビットの情報を伝送することになります。SuperTAINS では, 計算機端末に,100メガビット/秒の伝送速度を もつ回線(FDDI)を接続することができるため,動画像伝送 のようなアプリケーションが十分に利用できる能力をもっている ことになります。
 SuperTAINS に端末を接続し,このような機能を実現するため には,次のような機器が必要となります。まずワークステーション が既にある場合は,ビデオカメラからの信号を計算機に取り込む インタフェースボードを装備する必要があります。ボードの価格 は対応する計算機の種別によりますが,10万円から数10万円 程度です。カメラは,ホームビデオ用のものを利用できます。 パソコンも最近のマルチメディア対応といわれるものは, 同じようにビデオ画像を取り込むためには, インターフェースボードとカメラがあれば大丈夫です。 ただし,このように動画像の伝送を伴う機器を利用する場合は, TAINS88側でなく,SuperTAINS に直結しているコンセントレータに 接続されるようお願いいたします。TAINS88では, 通信容量がもたなくなってしまうからです。 ( 本ニュース1号参照)

3.ビデオオンデマンド

 ビデオオンデマンドと呼ばれる情報サービスの形態は, 情報の受け手の要求に呼応して,映画などの動画像情報を提供する というものです。情報の送り側には,ビデオライブラリと 呼ばれるシステムがあり,そこには沢山の動画像データが 蓄積されています。利用者の要求が ネットワークを通じてもたらされると, ビデオサーバと呼ばれる計算機が,ライブラリからお 目当ての動画像データを探しだし伝送を行います。
 SuperTAINS のデモの時には,試験的に講義内容や インタビューの模様等を蓄積しておき,ネットワークを通じ て複数のキャンパスに設置された幾つかの計算機へ画像を 配信しました。 (3号参照) ビデオオンデマンドは, 映画のような高画質を求めさえしなければ, 技術的にはすぐにでも可能であるということを表しています。  画質の面からは,現在テレビの世界にハイビジョンと 呼ばれる高画質の放送が導入されていますが, この程度の画質を確保するためには,光ファイバ1本の 伝送量に相当する150メガビット毎秒程度の情報量を 伝送しなければなりません。また,動画像データでは, 見た目の画像品質を落とさないで,情報量を小さくして (圧縮)蓄積しておき,利用する際にもとに戻す(伸長) という作業を必要とします。高画質なビデオオン デマンドシステムには,この圧縮・伸長をおこなう機器の 装備がそれぞれ情報の送り側と受け側に必要となります。 要求される品質が高ければ,通信速度とそれに付随する 技術にも高いものが求められます。
 市街地では,徐々にケーブルテレビが浸透しつつありますし, 衛星放送でも常に映画を放送しているチャンネルがあります。 これらのサービスは,ビデオオンデマンド機能を近い将来に 取り入れそうな分野です。デモの際にはいくつかの会社が 独自の方式によるビデオオンデマンドシステムの紹介を していました。本格的なビデオオンデマンドサービスの 実現に向けて,メーカー各社が競って市場に参入してい るという情況です。

4.MBONE

 SuperTAINS は,インターネットと呼ばれるいわば ネットワークのネットワークに接続されています。 このインターネットを利用した様々な通信形態の一つにMBONE (エムボーン)と呼ばれるアプリケーションがあります。 これは,インターネットを利用した放送のようなものです。 この放送は,インターネットに接続された計算機で見ることができます。 ただ,MBONEを利用した動画像は,1秒間に0.1から1フレーム程度 の伝送しかできないため,動く紙芝居という程度の品質です。 これは,インターネットの回線が多くの人に利用されているためで, 通信に利用できる通信帯域が限られているからです。 学内だけでなら,SuperTAINS の高速の回線が利用できるため, MBONEと同じソフトウエアを使っても,質の高い画像通信が おこなえる可能性があります。
 MBONEシステムでは,一つの情報源からやってくる情報を 多くの受け手に配信するマルチキャスト通信という方式を採用 しています。これは,幾つもの宛先に向けられた情報の流れを, 途中までは一つの流れとして送り,枝別れが生じるに従って情報 の複製を枝に送る方式です。これによりネットワーク内の 通信トラヒックの軽減を計っています。マルチキャストの技術は, ネットワークがより高速になり,多様なサービスが回線に 混在するようになれば一層重要となります。
 MBONEを使った最近の放送の例としては,9月に仙台で 行われたチャイコフスキー国際コンクールの模様が実況放送 されていたのが記憶に新しいところです。少し前には, NASAのスペースシャトルの打ち上げの様子が放送されました。 このときは,シャトル内部での無重力空間における実験の様子の 映像に加えて,管制室の模様,シャトルの状態を示す コンピュータ画像,シャトルが地球の軌道上のどの位置 にいるのかを示す絵等が逐次に切り替えられ, 宇宙ファンでなくとも興奮するような映像の構成となって いました。
 MBONEには,放送としての機能に加えて,双方向通信ができる という特徴があります。あらかじめマルチキャストの回線を設定 しておけば,テレビ会議的な利用も可能です。いま,いろいろな 学会が主催する講演会の模様をMBONEで中継するということが頻繁 に行なわれるようになっています。その際,質疑応答の時間に, インターネットを通じて遠隔地にいる聴衆からの質問を受け付ける ということが実際に行なわれています。
 MBONEを利用した放送に必要な最低限のハードウエアは, テレビ会議型通信のところで説明したようなビデオカメラと, ボード付の計算機です。ソフトウエアに特別なものは必要なく, カメラで撮った画像をTCP/IPと呼ばれるインターネット上 の通信規格で伝送するためのソフトウエアがあれば技術的には 可能です。ただし,今のところ誰でも,いつでもMBONEを使った 放送の送り手になれるというわけではありません。 また,受け手になる場合でも通信経路の設定等の作業が必要となります。
 制約が存在する理由は,動画像伝送を伴うMBONEが, 低い画像品質でさえインターネットに対して大きな負荷をかける ことです。このため関係機関がそのつど調整を行なっています。 この調整の作業は,現在,大学や企業の研究所等でネットワーク の研究や運用に携わっている人達がボランティア的にやっています。 このことは,ちょうど10年ぐらい前にインターネットそのものが 技術をもった一部のボランティア的な人々によって運用され, 現在のように育ってきたことと状況が似ています。やがて, このMBONEも,運用形態が確立するに従って, より開かれたサービスとして定着していくものと考えられます。

5.むすび

 今回は,動画像通信アプリケーションの例をみてきました。 次回は,このシリーズの最終回となります。 キャンパスネットワークの枠にとらわれず, 情報ネットワークを利用するといまどんなことができるのか まとめてみたいと思います。


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