研究開発用ギガビットネットワーク(JGN)利用事例(2)

動的ネットワーキングプロジェクトの概要紹介

東北大学電気通信研究所 菅沼拓夫
suganuma@shiratori.riec.tohoku.ac.jp
東北大学電気通信研究所 木下哲男
kino@shiratori.riec.tohoku.ac.jp
 通信・放送機構の研究開発用ギガビットネットワーク(JGN)[1]を利用している本学の事例の2つ目といたしまして,本稿では「動的ネットワーキングプロジェクト」での利用事例について紹介します。

1 はじめに

 本プロジェクトは日本学術振興会の未来開拓学術研究推進事業として採択され,平成11年〜15年までの5年間のプロジェクトとして,現在,本学,千葉工業大学,岩手県立大学,群馬大学の4大学により推進されています。本プロジェクトでは,様々な特質を持った異種ネットワークやアプリケーション,端末装置などを有機的に連携させることで,利用者に対してより効果的にサービスを提供することを目指しています。その中でJGNが提供する通信回線は,超高速高機能広域バックボーンとして重要な役割を演じることが期待されています。

 本稿では,本プロジェクトの目的と研究内容の概要について紹介します。

2 プロジェクトの背景と目的

 現在,インターネットに代表される開放型広域ネットワーク環境上では多様なサービスが提供されつつあり,それらは様々な人々の社会活動や日常生活の新しい手段となりつつあります。ところが現在のネットワーク環境は,多様な特質を持ったサービス(*1) や,性能・機能・構成の異なる複数のネットワークから構成される大規模かつ複雑なシステムであり,その構築・維持・管理などの作業がますます困難なものとなってきています。また,このようなネットワーク環境では,利用者からの様々なサービス利用要求や処理量の日常的な変化が大きく,それらの予測が難しいという特徴があります.たとえば利用者は,ある日はftpで大量にファイルをダウンロードしたいと思い,別の日にはチャットしながらメールを受信する程度でよいと思ったりするでしょう.またネットワーク環境は故障や事故によるサービスの機能や品質の変動,更には犯罪行為などに起因する障害などにもさらされています。これが利用者や種々のアプリケーションに好ましくない影響(*2)を与える要因となっています。このようなシステム特性は,開放的なネットワーク環境では基本的には避けられないものといえましょう。

 ネットワーク環境が今後のIT社会を支えるインフラとしての役割を果たしてゆくためには,利用者やアプリケーションへの好ましくない影響を抑制し,適切なサービスを簡易かつ快適に利用できる高度なネットワーク利用環境を実現する必要があります。そこで本プロジェクトでは,不規則に変動する非均質なネットワーク環境において,人々とアプリケーションによるネットワーク活用を知的に支援する基盤技術の確立を目指しています。具体的には,アプリケーションからの要求とネットワーク機能を効果的に連結し,アプリケーションとネットワークの双方における種々の変動を自律的に調整する動的ネットワーキングのメカニズムを開発することを目指しています。


(*1) たとえば単方向に比較的サイズの小さいテキストや画像等のデータを断続的に送るWebサービスや,双方向で連続的に画像や音声データを送り,かつリアルタイム性が要求されるビデオ会議サービスなど。
(*2) たとえばftpが途中で停止してしまったり,ビデオ会議で画像が乱れたり音声が途切れたりするなど。

3 研究内容の紹介

 動的ネットワーキングの研究は,
(1) 次世代ネットワーク環境の考え方,モデル,アーキテクチャに関する研究,
(2) それらを実際に構築するためのシステム(ソフトウェア)の作り方に関する研究,
(3) (1)と(2)に基づいて実際にアプリケーションを作り,評価する研究,

の3つのサブプロジェクトから構成されています。本稿では(1)と(2)に関して,(1)については3.1節にて,(2)については3.2節にて,それぞれ紹介いたします。

 図1に本プロジェクトの現在の実験ネットワーク構成を示します。本プロジェクトではJGNによって提供されるギガビットネットワーク回線を,「高速で,かつ長期間にわたって一定の帯域を確保して利用できる性質を持ったネットワーク」ととらえ,動的ネットワーキングのアーキテクチャを支える一つの重要な回線として利活用する目的で用いています。


図1: 動的ネットワーキングプロジェクトの実験ネットワーク構成

3.1 動的ネットワーキングアーキテクチャ

 動的ネットワーキングのメカニズムを実現するために,現行のIPネットワークのトランスポート層(*3)の上位に位置する新しい機能層として「やわらかいネットワーク層(Flexible Network Layer: FNL)」を導入します(図2)。FNLのねらいは,非均質ネットワークの相互間での機能的な差異を吸収すると共に,利用者/アプリケーションレベルでの変動とネットワークレベルでの変動を自律的に監視・調整・制御する機能を提供することにあります。つまりFNLは,インフラとしてのIPネットワークと,ネットワークを利用するアプリケーション/人間(利用者)の中間に存在し,アプリケーションや利用者によるネットワーク利用を効果的に支援する新しいミドルウェアととらえることができます。


(*3) ここではトランスポート層からデータリンク層までをまとめて論理ネットワーク層と呼んでいます。


図2: 動的ネットワーキングアーキテクチャ

 具体的にはFNLは以下に挙げるような機能を提供します。  以上のような機能を実現するためには,以下に挙げるような研究的・技術的要素が必要となり,本プロジェクトの中のサブテーマとしてそれぞれ次のような研究が進められています。

3.2 エージェントフレームワーク

 FNLを構築するためには,従来に比べてより柔軟にかつ知的にソフトウェア部品群を組み立てたり,部品の持つ属性を調整したりするための枠組みが必要になってきます。すなわち,各ソフトウェア部品に対して,その用途や目的に即して,それらが実現する機能に関する知識(なにができるか: functionawareness)を持たせたり,それらが提供できる性能に関する知識(どれくらいできるか: QoS awareness)を持たせたりすることが必要です。また,これらの知識を使いながら,実際の動作時に,外界の変化に応じて自らの動作パラメータを調整したり,何らかの戦略にしたがって他の部品に調整の働きかけを行ったりする知識なども必要です。これらの知識を持ったソフトウェア部品の連携・相互作用によって,前の節で述べたようなFNLの機能が実現できると考えています。

 例えば,前節で述べたFNLの自己組織的システム構成能力は,各ソフトウェア部品の持つ機能・性能に関する知識,及び「契約関係に関する知識」によって実現が可能です。つまり部品群はある条件が与えられると,契約を結ぶためのプロセスを経て,自らの持つ機能・性能を条件に契約関係を結び,契約に基づいてシステムの組織を形成します。何らかの資源変動等により契約条件が満たされなくなったと部品が判断した場合には,再契約のプロセスを経て新たな組織を自律的に再構成します。

 本プロジェクトでは,これらの知的なソフトウェア部品をエージェントと呼び,FNLを多数のエージェント群の組織から構成するマルチエージェントシステムとして実現することを目指しています(図3)。この全体の枠組みをエージェントフレームワークと呼び,エージェントを作る環境(設計開発環境),エージェントを保持・管理する環境(リポジトリ),エージェントを動作させる環境(動作環境)によって構成します。FNLはエージェント動作環境として構築されます。設計開発環境を用いてエージェント設計者が作ったエージェントは,リポジトリに蓄えられます。リポジトリ内ではさまざまなエージェントが,仕事の要求が来るまで待機しています。要求があった場合にリポジトリ内で組織の構成を行い,実際に仕事をするエージェントの実体が動作環境上に生成され,それらが利用者にサービスを提供します。


図3: エージェントフレームワーク

 ここでは主に以下のサブテーマに関して研究開発が進められています。

4 おわりに

 以上,動的ネットワーキングプロジェクトの概要について紹介しました。

 これまで述べてきた動的ネットワーキングの評価を行うために,今後,高次臨場感通信サービス,拡張現実研究室,モバイル会議システム,インテリジェントホームなどのアプリケーションをFNLの機能を用いて構築することを予定しています。実際に動作するものができましたら,機会を改めまた紹介させていただきたいと思います。

参考文献

[1] 通信・放送機構 ギガビットセンター:``研究開発用ギガビットネットワーク通信回線の利用について'',SuperTAINS ニュース No.20, pp.4-12 (1999), (http://www.tains.tohoku.ac.jp/news/st-news-20/0412.html


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