SuperTAINS の設計から完成まで
電気通信研究所 亀山 幸義
kam@riec.tohoku.ac.jp
大型計算機センター 千葉 実
chiba@cc.tohoku.ac.jp
1.はじめに
SuperTAINS は 1995年1月末に完成し,運用が開始されています。
ここでは,技術的な観点から,SuperTAINS の設計が
どのような考えに基づいていたのか述べます。
言うまでもなく,SuperTAINS の設計は筆者らだけの考えではなく,
仕様案作成に関わった作業グループおよび協力してくださった
全ての人々の手によるものです。
ただし,本稿で述べる考え方の部分については,筆者らの責任です。
2.SuperTAINS 設計時点での TAINS
1988年に運用開始された TAINS (現在の言葉ではTAINS88)は,
京都大学の KUINS と並んで,
全学的規模のキャンパスネットワークとしては,全国の国立大学の先駆け
となったことはよく知られています。
このTAINS88 は,構築当時としてはできる限り最大限の仕様でした。
基幹部分を光ファイバを用いた FDDI (100Mbps)ループとし,
建物内を 10Mbps のイーサネットとして両者をブリッジで接続する
という設計は,その後の多くのキャンパスネットワークのモデルと
なりました。また,
青葉山・川内団地と,星陵団地,片平団地を
自前の回線でつなぐという事は今考えると信じられないことですが,
その陰には多くの先生方の御努力があったことと思います。
このことが,その後の東北大学のコンピュータネットワークの利用に大きく
寄与したことは間違いありません。
さらに,ネットワークへの親和性を高めるために,
イメージメールシステムや,
LAN整合装置(コミュニケーションサーバ)を多数配置したことも
非常に有効でした。
しかし,コンピュータやネットワークの世界は,3年もすると,もう時代
遅れの技術になる世界です。まして,東北大学の活動の基盤としての
コンピュータネットワークの重要性は構築当初に比べ飛躍的に高まって
います。その重要性に比べると,1994年時点のTAINS88 は,
いくつかの点で,明らかに能力不足でした。
- ブリッジ接続による管理運用の難しさ
TAINS88 は,基幹ループと支線(建物内ネットワーク)が LIU とよばれる
ブリッジで接続されているため,TCP/IP プロトコルの目から見れば,
巨大な1つのネットワークです。
今日,TCP/IP のネットワークでは,ルータにより多数のサブネットに
区切って管理運用を容易にするのが普通ですが,TAINS88 はそうは
なっていません。
この問題のために,
TAINS88 に研究室や学科レベルでのサブネットを接続しようとすると,
ネットワークに関するある程度の知識を必要とします。
筆者らは,このための,やや変則的なサブネット構築方法について
TAINS88 構築当初に文書を作成・配布して事態の改善につとめましたが,
ネットワーク管理者の裾野が広がるにつれ,このような状態での安定的な
運用は難しくなりました。実際,サブネット管理者の設定誤りにより,
TAINS88 全体に影響を及ぼす事件もありました。
また,管理運用という面では,SNMP とよばれる今日では標準的な
プロトコルによる管理が LIU に対しては行えない,という問題点も
ありました。
- 高速通信への要求
TAINS88 では,末端で 10Mbps の速度しか出ません。
Sun などの標準的なワークステーションに 20-50万円程度のボード
を付加すれば,FDDI (100Mbps) や ATM (155Mbps) による通信ができる
時代に,10Mbps しか許さないネットワークでは不足です。
ちょっとしたマルチメディア通信も,TAINS88 を間に介しては,
とても良好な品質は得られなかったのです。
また,東北大学は,大型計算センターはじめ 3つの部局が
スーパーコンピュータをかかえており,これらの処理結果の可視化など
多様なアプリケーションをのせるためにも,スピードアップが必要と
なっていました。
この他にも,コミュニケーションサーバやイメージメールシステムも
そろそろ古くなり,更新が待たれる事態になっていました。
3.予算措置
TAINS88 が前章で述べた状況に陥っていても,改善には
大規模な予算の獲得が必要であり,したがって,具体的な改善プランを
立てるには至っていませんでした。ところが,ある日突然に,
東北大学にもネットワーク整備の予算がつくことに
なりました。そこで急拠,専門家からなる
作業グループが構成され,仕様案の作成にとりかかりました。
この際,前提となったことは以下の通りです。
- 今回の予算は,原則として工事を行うためのものであり,
コンピュータ等の機器類を大規模に導入することは難しい。
- 金額の制約上,幹線部分の整備が精一杯であり,
建物内ネットワーク(インハウスネットワーク)を新たに引きなおすことは
不可能。
- 金額の他に技術的,社会的制約により,
雨宮地区や富沢地区を直接光ファイバで接続することは不可能。
4.仕様案の作成
仕様案を作成するにあたって,議論対象となった
主要なポイントを以下に列挙します。
- 従来のネットワークの手直しか,新しくケーブルをひきなおすか
今回の補正予算では多数の国立大学にネットワーク整備の予算がつきました。
その中には,構築済みの学内ネットワークの拡充,つまり,
幹線と支線をつなぐ機器を,ブリッジからルータに変える等の処置を
おこなっているものもありました。
これによって,運用管理の問題は解消しますが,
高速性への要求に応えることはできません。
コンピュータやネットワーク接続機器(ルータやハブ)は
数年後には確実に古くなりますが,光ファイバは
物理的にもかなり長期間利用することができます。更に大事なことは,
機器が更新されても,光ファイバは同じものが利用可能であるという
ことです。そこで,今回の予算では光ファイバをなるべく大量に配線する,
という選択がなされました。
- 幹線のプロトコルは何にするか
幹線部分は,利用者には直接見えない部分ですので,そのプロトコルを何に
するか,ということは,割合自由に決められるはずです。実際,TAINS88 より
後に学内ネットワークを整備した大学では,幹線部分の速度は
100Mbps より高速です。
しかし,それらは,特定のメーカーによる独自規格です。幹線を独自規格
で作ってしまうと,そのネットワークの自由な発展は望めないということは
これまでの経験でわかっていました。
そこで,特定メーカーに偏らない標準技術が採用されることになりました。
また,その標準技術としては,100Mbps の FDDIでは力不足なのは明らかであ
り,当時,急速に標準化が進行していた ATM の採用が決定されました。
仕様案作成当時は,まだ誰も ATM を使ったことがない状態であり,
ある意味では冒険ではありましたが,大学である以上,
失敗をおそれずに常に最新最先端を目指すという意識のもとに,
驚く程すんなりと作業グループ内の意思統一ができました。
- ネットワークの形状 (トポロジー)
TAINS88 で
使われてきたイーサネットや FDDIは,多数の端末を1つの回線に接続する形態
(バス型)です。
一方,ATMは基本的に1対1で接続する方式です。ATMスイッチ
とよばれる集線装置から放射状に他の ATMスイッチやワークステーションが
接続される(スイッチング型)という形態をとります。
したがって,新しい ATMネットワークとしては,どこか1か所に中心となる
ATMスイッチをもうけて,そこから放射状に各キャンパスを接続する形態が
自然です。しかし,この構成の弱点は,中心となる地点が停電等になると
ネットワーク全体が止まる,ということです。
その弱点の補強と,通信の高速化を考え,
どの 2キャンパス間も直接接続するという完全結合型ネットワークの
構想が浮上しました。
率直にいって,この『完全結合』構想について,筆者は全面的に
賛成というわけではなく,放射状の結合でもよいと考えていましたが,
他のメンバーから完全結合型に対する積極的な考えが示され,
最終的にその方向で意見がまとまりました。
完全結合型のネットワークが今後どう有効性を発揮する
かについては,2-3年後にふりかえってみる必要があります。
機器数などの調査結果から,
大型計算センターが移転予定であった青葉山キャンパスは
南北2つの地区に分けることが提案され,
片平,川内,星陵と合わせ,合計5地区として
各 2台ずつの ATMスイッチを
設置することとなりました。こうして,SuperTAINS の絵として
よく見かける五角形構造が完成しました。
- 末端に見せる切り口は何にするか
この項の検討が最も難しい作業であったといえます。
前提の項で述べたように,既に建物内ネットワークの再構築は行わないことに
なっていました。したがって,末端への切り口といっても,
各建物に 1ヶ所設置する接続点のことです。
仕様案検討当時は,
ATM についてマルチメディア通信の薔薇色の夢が語られ始めた頃であり,
SuperTAINS 計画としても,全ての建物に対して ATM の口を1つずつ見
せるという『過激』なものが原案となっていました。
一方,SuperTAINS より少し前に,全国で初めてATM 方式による
本格的なキャンパスネットワークを構築した大阪大学では,
幹線は ATM としながらも,
支線は基本的にイーサネットや FDDIという従来型のプロトコルでした。
『各建物まで ATM』というネットワークを実現すれば,世界的にもほとんど
類例を見ない革新性はありますが,今すぐ使える状態になって
いない ATM 方式だけを導入することに筆者らはためらいを感じていました。
一方,末端に FDDI方式だけを導入するのは堅実ではありますが,大学の
ネットワークとしての面白味に欠けます。
結局,各建物に,ATM と FDDI の口を 1つずつ持たせることになりました。
末端に 2種類の切り口を見せる,というのはそれだけコストが余計にかかり,
全学的規模のネットワークでは,あまり行われていないと思います。
しかし,結果的には予算的にもこの要求を充足することができましたし,
この選択は良かったと思います。
本稿執筆時点での SuperTAINS 接続申請状況では,
FDDI 方式 が 93台 (ルータ等のネットワーク機器を除く)
であり幅広く使われていますが,
ATM 方式も 11台 (同上)あり,今後の高度利用に向けた実験が精力的に
行われています。
- 光ファイバの配線
上記のように,今回の計画は,光ファイバ敷設に大きな重点が置かれ
ました。今後,少なくとも 10年以上にわたって使い続けることを想定した
場合,光ファイバの種類や配線も慎重に検討しなければなりません。
配線形状としては,5地区間を完全結合とし,地区内では,
ATM スイッチ等が設置された場所から各建物まで放射状とすることが
ほとんど異論なく決定されました。
残る問題は,光ファイバの種類と芯数です。
光ファイバには,シングルモード (SM) とマルチモード (GI) があります。
シングルモードの方が遠距離に対応可能であり,また,将来の超高速通信
を担うと考えられていましたが,
実際のネットワーク構築では,接続機器が安価なマルチモードが圧倒的に
多く使われていました。
SuperTAINS 計画では光ファイバはなるべく多くひきたい,という要望から,
地区間はどの2キャンパス間も10芯(各地区あたり40芯)のシングルモード
光ファイバを採用することになりました。
155Mbps の ATM 接続をするためには 2芯で良いので 10という数は多い
ようですが,地区間によっては 622Mbps の通信速度が必要であり,
その場合は(当時の技術では) 8芯を使うため,決して多過ぎる,という
ものではなかったのです。
一方,キャンパス内の配線(ATMスイッチ設置場所から各建物まで)は,
当面多く使うマルチモードと,将来使うと予想されるシングルモードを
混合して配線することになり,
マルチモード8芯,シングルモード16芯ということになりました。
シングルモードを多くしたのは,
マルチモード光ファイバでは通信できない遠距離の
建物があることと,将来性を重視したことによります。
しかし,その後の技術の進歩はめざましく,
現在では,マルチモードでも 622Mbps の ATM 通信が可能な製品が
出荷されていることを考えると,
今後,シングルモード光ファイバをうまく活用する方策を考えていく
必要があると思います。
これらにより,SuperTAINS 構想の技術的は骨格がかたまりました。
この骨格に基づき,細かい調整はその後も時間をかけて行われました。
たとえば,5地区の中でも特に通信量の多い北青葉山$-$南青葉山間と,
北青葉山$-$片平間については,622Mbpsという現在の ATM 技術では
最高速の回線とすることになりました。
また,仕様案の作成にあたっては,工事の関する部分,
すなわち,どの建物まで配線をするか,また,どのような経路を通るか
等の決定も,時間と手間のかかる大変な作業でしたが,
幸いにして,TAINS88 の経験をお持ちの方々が手際よく
処理してくださいました。
SuperTAINS 計画の副産物として,
川内地区と片平地区に 1995年3月に新規導入された電話交換機の間の
通信路として,地区間の光ファイバの予備が使われました。
我々が日常使う内線電話はSuperTAINS の光ファイバ網を通っているの
です。また,今年度中には,
星陵地区の電話交換機もこの光ファイバを利用することになります。
5.SuperTAINS 計画でできなかったこと
ここでは,SuperTAINS で達成できなかったことを整理しておきます。
- 建物内の配線
今回は,仕様を作成する前の段階から,建物内配線ができないことが
わかっていました,したがって,SuperTAINS への接続は,
SuperTAINS の接続口 (PD盤)のすぐそばに機器を持ちこむか,
あるいは,部局が配線工事をしなければなりません。
実際に,情報科学研究科,電気通信研究所,大型計算機センター,
工学部電気情報系棟などの部局では,
自前の予算で配線工事をして機器を接続して使っています。
SuperTAINS が
これら情報関連の部局だけでなく,幅広い分野の研究者が使えるような
ネットワークとなるためには,
建物内配線を全学的におこなうことが必要です。
- 特徴的なアプリケーションが動作するシステムの配布
TAINS88 イメージメールシステムは図体が大きく,現在の目から見ると,
スマートなシステムとは言いかねます。しかし,このシステムの最大の
功績は,事務職員の方々に TAINS とは何かを具体的に示すことができた,
ということです。
そこで,筆者らは,次にネットワークを構築する機会があれば,是非とも,
イメージメールにかわる新しい機器(おそらく,テレビ会議など
マルチメディア通信が手軽にできるコンパクトなシステム)を導入したいと
願っていました。
しかしながら,前提の項で書いたように,
今回のSuperTAINS 計画では,ワークステーションなどの機器を
大規模に購入することができませんでした。したがって,現状のままでは事務職員の
方に(あるいは研究室の学生に対しても),SuperTAINS の具体的な
イメージを思い浮かべてもらうことは難しいと感じています。
- 低速系への配慮
SuperTAINS 計画では,結局,TAINS88 には一切触れずに,
別途新しいネットワークを構築しました。
今後,サブネットを構築したり,あるいは建物の規模でネットワークを
作りなおす場合には,SuperTAINS へ接続すると,管理運用の面でも
通信速度の面でも有利です。
しかし,SuperTAINS 計画では,イーサネットへの接続を
提供しなかったため,今後もイーサネットによる接続をする場合には
TAINS88 を利用する必要があります。
また,イーサネットボードを持たないパーソナルコンピュータ等のために,
TAINS88 のコミュニケーションサーバは今でも使われていますが,
これを新しい機種に置き換えるということもSuperTAINS では実現できませんでした。
6.終わりに
SuperTAINS 構築に関する一連の作業がようやく終わろうとしている時,
再び突然に,1995年度補正予算で,SuperTAINS の拡充計画が認められた,
との知らせがやってきました
(詳細は本号の『SuperTAINS の拡充に寄せて』参照)。
これによって,SuperTAINS 計画でできなかったことの多くは,
改善される見通しとなりました。
これによって,
SuperTAINS が更に使いやすいネットワークとなるよう期待しています。
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